空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  308

淡路島~先山千光寺

3月3日のひなまつり
淡路はいつも四国へ行く通り道。
初めて泊りがけで出掛ける。

まずは先山千光寺

上り坂を上って車両禁止の看板が。
そこの手前、道が広くなっているところに先客が止めていたので車を止める。

千光寺車両禁止

すぐ先山西茶屋という看板。

先山西茶屋

その裏にある立派な霊木。

霊木と茶屋

石段を登るとまずは不動堂。

千光寺不動堂
Photo by Mr.Kumaso

三鈷杵?彫り物。

千光寺三鈷杵

社務所のあたりには猫。

社務所と猫

社務所で応対してくれた笑顔の素敵な御婦人によると
捨て猫が増えて困っているらしい。
お堂のお供えを食べられてしまうので仕方ない、えさをやっている。
とはいえ猫さんたちへの愛にあふれていて思わずシャッター。

お寺さんの優しさに甘えて猫サンを捨テナイデ。

千光寺母と猫2

ひとなつこいクロさん。

千光寺黒猫

初めてで知らないとうっかり不動堂で帰ってしまいかねないが
本堂はさらに石段を上って・・赤い山門。

千光寺山門

本堂。

千光寺境内

縁起によると
大猪(為篠王)に化身した観音菩薩に導かれた狩人の忠太藤原豊広)が開基した
とされ、境内には狛犬ではなく猪が置かれている

千光寺猪

三重塔がこれまた立派。

千光寺

イザナギノミコトイザナミノミコトも本堂横にお祀り。
国生み神話でイザナギ・イザナミの二人の神が淡路島を創ったときに
最初にできた山
がこの山であるとされることから先山という、らしい。

二柱大神

二柱大神
Photo by Mr.Kumaso

なぜか一方向に曲がって生えている木々。

千光寺曲木

山門の下にある展望所。

先山展望所

おお

先山展望所2

いい眺め

先山景色
Photo by Mr.Kumaso

さきほどの西茶屋まで戻ってきた。
ジツはここに予約をしていた。

先山西茶屋
Photo by Mr.Kumaso

千光寺門前名物、羊羹~
できたてホヤホヤ。冷ましてたのを包んでくれた。
ういろう風のモッチリ、甘さ控えめで大変美味しい。
¥600。予約がベター。

千光寺羊羹



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No  296

能勢妙見

能勢妙見本殿。(開運殿

能勢妙見本殿

能勢妙見山は「能勢の妙見さん」として知られる、関西随一の妙見大菩薩霊場。天平勝宝年中(750年頃)に行基菩薩の開基。のち旧領主能勢家源満仲公(清和天皇の孫経基親王の嫡子)が鎮宅霊符神妙見大菩薩の道教での称)を祀り、能勢家代々に伝えられた。慶長5(1600)年二十三代頼次公は日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世日乾上人に帰依して法華経信仰を深めた。妙見大菩薩とは、もとは北辰北斗星・北極星の信仰に始まるもの。太古の昔から太陽・月・星の運行を神秘的なものとして崇め、国土安穏・五穀豊穣・除災招福、開運隆昌の守護神として信仰された。妙見大菩薩は日蓮宗以外でも、真言宗・天台宗などに取り入れられている。妙見大菩薩の神格化する北極星は、常に北を指している。昔から旅人の指針として仰ぎ見られてきたことから、人生の道を導き開いてくれる開運の守護神として深く信仰された。

境内。

能勢妙見境内

うつくしい絵馬堂

能勢妙見絵馬殿

綺麗な緑。

能勢妙見絵馬殿2

絵馬堂の横は経堂で、数人の僧が参拝者から見えるところでお経を唱えていた。
撮影禁止

山門の外。景色が広がる。

能勢妙見景色

いい眺め。

能勢妙見景色2

山門と神仏習合の名残の鳥居の間に妙見山の三角点の表示。
この登りの奥が妙見山のピークらしいが、行かなかった。
あとで調べたが、さほど見晴らしはなさそうだ。

妙見山頂へ

お昼は電車で山下駅まで戻って、徒歩10分ほどの情熱うどん伊和正
畦野駅からだと8分くらいらしい。

伊和正

こじんまりしているけど、十分十分。

伊和正内

わざわざ来てよかった。
とり唐黒酢ぶっかけ。

伊和正うどん

山下駅の構内にはお茶も飲めるパン屋さん。
ベッカライテーオ。お客さんでいっぱいで座れなかった。

ベッカライテーオ

ジツはドイツで5年修行してマイスター取得したドイツパンが評判らしい。
本場ドイツで食べてた人が本場と同じとほめている。
カイザーセンメル」というシンプルなパンは¥60。
ドイツのどのスーパーやパン屋さんでも置いてある基本中の基本。
日本のフランスパンに食感も味も似ていて、外はパリッと中はもっちりめ。
(写真右上丸い白いパン)
ライ麦の向日葵の種入り食パンなんかは本当にドイツの「ベッカライ」そのもの、だそう。

たしかにおいしゅうございました。

ベッカライテーオパン




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No  292

兵庫西宮~鷲林寺・トラピスト修道院

9月17日。
16日が母の命日なので母が好きだった観音様を探して
隣町、西宮の鷲林寺へ向かった。

鷲林寺(じゅうりんじ)
当山は天長10年(833)淳和天皇(じゅんなてんのう)の勅願にて弘法大師(空海)により開かれた。空海は観音霊場を建立する地を求めて広田神社で夜を通して拝んでいると仙人が現れて「ここを去って西山に入るべし。汝の所期をみたすであろう」と告げた。空海は早朝、西の方角にある山に向かった。すると途中で大鷲が現れ口から火を吹き空海の入山を妨げた。その大鷲は“ソランジン”という悪い神で、このあたりの山に住む支配者だった。空海はかたわらの木を切り、湧き出る清水をそそぎ、加持をして大鷲を桜の霊木に封じ込めた。再び仙人が現れて「観音示現の地、なんじの求める霊域はこの処なり。なんじ、しばらく礼拝せよ」と告げた。空海が自分の体を地に投じて礼拝をすると、不思議にも観音さまが現れた。そのお姿を写して大鷲を封じ込めた桜の霊木にて十一面観世音菩薩を刻み寺号を鷲林寺と名付けられた。

鷲林寺

先の十一面観世音菩薩を本尊として、脇立に薬師如来・鷲不動明王・毘沙門天を祀る。永い間貴族寺院として大変栄え一時は塔頭76坊の大寺院に成長した。しかし、戦国時代に入り寺領はとられてしまい、天正6年(1578)11月に荒木村重の乱が起こり、それを期に翌7年織田信長軍のために諸堂塔はすべて焼き滅ぼされてしまった信長軍の兵火から逃れるために有馬温泉まで逃げ延びた鷲林寺の僧侶が温泉宿を経営したという伝説も残されている。本尊をはじめとする仏像は瓶(かめ)に入れ地中に埋めて隠されていたため兵火から逃れることができた。後に掘り出されて小堂を建立し観音堂としたが、幾多の山津波や火災にあい住職がいない時代が長く続いた昭和の時代に入ってようやく復興され始め現在に至る。

鷲の手水舎。

鷲手水舎

樹木越しの本堂(観音堂)。

鷲林寺本堂

立派な多宝塔(納骨堂)。

鷲林寺塔

また、時期は不詳だが、武田信玄公が僧侶になるため得度をし、その頭髪を埋めたという伝説がある七重の石塔があり、現在西宮市の文化財に指定されている。

本堂と多宝塔。

鷲林寺本堂と塔

ソラン神を祀る荒神堂
谷響集(こっこうしゅう)第九に「悪人を治罰することがあるが故に麁乱荒神と称し、また三宝を衛護するが故に三宝荒神と号す」とあり、麁乱荒神と三宝荒神は同体であると説く。荒神は日本で古くから信仰されている神であるが、インド伝来の神でもなく中国からもたらされた神でもなく、日本で成立した神であると言われる。神道では荒ぶる神であり素戔鳴尊(すさのおのみこと)と関係があると説き、陰陽家では大年神(おおとしがみ)・奥津日子命(おくつひこのみこと)・奥津比売命(おくつひめのみこと)の三神とする。ここにいう素戔鳴尊は、古事記や日本書紀に見られるように天界で暴れる荒ぶる神とされ、大年神・奥津日子命・奥津比売命は素戔鳴尊の子孫にあたり、これらの神が竈(かまど)の神としてまつられることから、いつの時代からかこれらと結びつけて荒神を竈神としてまつるようになったのかもしれない。

神呪寺を開基した如意尼公淳和天皇の妃であり弘法大師の弟子のひとり)もソランジンに邪魔をされ、弘法大師に相談して東の谷の大きな岩に祀ってことなきを得た。清荒神鷲林寺の麁乱荒神を移した荒神様であるという説がある。(鷲林寺HPより要約抜粋)

鷲林寺ソラン荒神堂

八大龍王社

鷲林寺八大龍王社

多宝塔の後ろの坂の上。若宮神社。(広田神社の若宮神社らしい)

鷲林寺若宮神社

鷲林寺へ行く途中にあるトラピスト修道院

トラピスト修道院入口

修道院入口。

トラピスト修道院

手作りのクッキーが有名。
黒いのは黒糖クッキー。

トラピストクッキー

鷲林寺というお酒もある。最寄のいかりスーパーに置いている。

清酒鷲林寺

いかりスーパーマーケット行光博志(ゆきみつ はくし)社長は鷲林寺の檀家で、数年前、灘の櫻正宗で造る吟醸生酒を販売することとなり、社長の案でその酒の名前を「鷲林寺」と命名。菩提寺である「鷲林寺」を多くの世の人に知っていただくためとのこと。ちなみに、題字の「鷲林寺」は鷲林寺の住職が書いている



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No  289

千葉八千代~麦丸東福院

これもお盆のお寺参り。
八千代市麦丸の真言宗寺院、東福院

門のあたりからの角度がいい。
本堂はザンネンながら鉄コン筋クリート。

麦丸東福院

いい古木がある。

東福院

佛堂いい感じ。

東福院2

佛堂の縁に2、3たむろっていたお猫さまのおひとり。
こちらを見ると、どんどん寄って来る。びゃーと鳴く。

東福院猫

近っ

東福院猫2

お昼はお盆でどこも混んでいる。16号沿いの白井のあや竹に入る。
鴨せいろそば。

あや竹蕎麦



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No  288

千葉佐倉~寺社巡り

秋になってもまだ夏のこと・・
お盆に帰った時に千葉の佐倉の寺社に行った。

飯野観音
創建等不詳。過去帳によれば、元禄16年(1703年) 法印良快をもって中輿の祖とし、本堂は文化2年(1805年) 法印快盛の代の建立とのこと。この飯野観音馬頭観世音菩薩) は領内農民の農馬愛護の為、信仰されていた。さらに常夜灯等から、佐倉藩士殊に馬術に関係ある士に信仰され、参詣された霊場であったことが明らかにされている。

飯野観音

樹齢400年の霊木。

飯野観音霊木

車で平らなところを裏から来たが、反対側に急な石段アリ。
こちらが正面のようだ。ここからの眺めがわりとよい。

飯野観音石段


岩名仁王尊
当毘沙門堂は玉泉寺の境外仏堂。仁王門は左右に仁王像を安置。弘法大師の作と伝わる。明応年間仏師の修理と札にある。伝説には両仁王像は鹿島川を下り、岩名畑戸川岸付近に漂着。近郷の人々集まって引き揚げようとしたが、他郷の人では重くて揚げられず岩名の人には軽々と運べたので、尊像が岩名行きを望んでいるとして仮堂を造って安置する。しかし霊験あらたかでその名は高まり現在の地の毘沙門天の前に移す。寛永年間再修理。江戸諸国よりの参拝者は引きも切らず

仁王門。

岩名不動尊山門

こちらがその仁王様。美しく縁取りされている。
当時の信仰の厚さがうかがえる。

岩名不動尊

毘沙門堂。

岩名不動尊境内

境内からの景色。

岩名不動尊景色


お昼は酒々井アウトレットで。

酒々井アウトレット

冷麺。ウマイ

アウトレット冷麺

休憩は佐倉のカフェソケリ

カフェソケリ

こちらはカフェ。左隣には北欧雑貨ショップも併設。

カフェソケリ2

千葉では佐倉が歴史もあるのでよく行く場所。
ここは比較的新しい。知らなかった。今年10月末で5周年だそう。
米蔵を改装したフィンランドスタイルカフェ。

カフェソケリ3



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