空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
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No  72

極楽から来た

尼崎へ帰る途中、
京都国立博物館へ寄りました。
現在没後800年記念の『法然展』が開かれています。

そこで出会ったのが、前から気になっていた
『極楽から来た』浄土宗出版

極楽表紙

昔から空海と法然はしっくりきました。
なぜか親鸞や日蓮ではありませんでした。

極楽肖像

法然の時代平安末期も、内乱、大火、台風、大飢饉、地震、と
地獄絵図のような光景が繰り広げられていました。
そんな中で、いってみれば考え方をひっくり返すようなルネサンス的
実は改革をやってのけたのが法然上人


それまでは上流階級のものであった仏教を
その本来の庶民のものへと取り戻しました。

極楽中身

あらゆるひとがその身分にかかわらず、その罪にもかかわらず
一切の差別なく苦しみから救われることだけをただ考え続け
たどりついたのが
「南無阿弥陀仏」というたった一言。

それまでの価値観など見向きもせずに
一心にそこ(人間の価値に差別なく寄り添うこと)へ向かったのは
日本思想史上も革命的で
しかも他の血は流さなかったというのは
特筆されることだそうです。

極楽最後

これ、佐藤春夫の文もいいですが
なんてったって芹沢介の版画が、格調高く、法然上人にピッタリ。

童門冬二さんの言葉を添えます。
「佐藤(春夫)さんは極楽からこの世に法然さんをお招きし、
詩でつくりあげた“この世の極楽”でおすごしいただいた。
貴重な法然伝の一冊だ。」


現代に生きていたなら、今のこの時
法然上人ならなんとおっしゃいましょう。

やはり

「智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし」

でしょうか。



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No  71

ごぶさたいたしました。

ずいぶんとごぶさたいたしました。
3月11日に千葉に帰省予定で、夕方5時台の新幹線をとっていたら
3時前の大震災でした。尼崎も小さくゆさゆさと揺れました。

新幹線STOP。新大阪駅で様子をみましたが、あきらめて帰宅。
翌朝1番の新幹線で千葉へ。
東京駅大混雑。
少ない電車を待つ列はとぐろを巻き、
いつもの倍々以上の時間をかけて帰り着きました。

それから停電や物不足等、義母と実家の両親が心配なため4月15日まで千葉。
余震、多いですね・・。
千葉の本震も今までになく大きかったようで。
実家の猫はウウウとうなってベッドの下奥深く固まっていたそうです。

タオ
落ち着きを取り戻した猫のタオさん

連日の報道には言葉もありません。
それでもやはりこの島(くに)に住んでここで終わりたい。
そうも思わせてくれる出来事でした。
どこで起こってもおかしくない大震災。代わりに被害に会われた方々。
願わくは時間はかかっても、ほんのひとときでも、
ぐっすりと眠れる夜が訪れますように・・。

すぴい

衷心よりお見舞い申し上げます。


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