空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  143

宮崎*伝説蛇行

九州初日は本命の高屋温泉がとれず
シーガイアのサンホテルフェニックス泊。

高千穂峰

リゾートをイメージして期待していなかったら
行ってみたらジツは

海に面したこのあたりは、古事記でイザナギノミコトが禊をして
アマテラス、ツクヨミ、スサノオを生んだという
阿波岐原(あわぎはら)だとうたっていた。

ホテルから宮崎平野を見下ろす眺望はよい。
西都原古墳群のある地勢が分かる。

客室は海側と平野側があるが、案外この平野側がよかった。
かなたに見えるとんがった山は霧島の高千穂峰だろうか?

立地堪能。

さて、翌朝一番に向かったのは西都市の黒貫寺と高屋神社
景行天皇がクマソ征伐のとき6〜7年間ここに留まられたという旧跡。
その子、日本武尊も15年後クマソ征伐に派遣された折にここへ。

朽仁王

日陽山黒貫寺山門正面の本堂かと思った建物は参拝殿で、裏へ回ると
そこに、朽ちかけた仁王像が佇む趣きある本堂が控えていた。
(お寺の方にこちらが本堂と確認。)
ここはぜひこちらの本堂へと参るべし。

*黒貫寺は明治7年の火事にて山門を残して焼失。
末寺の久峰寺(宮崎市佐土原町下田島)から大悲殿を移築して本堂としたそう。
スンゴイ仁王様は平等寺(宮崎市佐土原町西上那珂)からいらっしゃったそうな。


黒貫寺の前の道路をはさんだ東向かいの高みに高屋神社

高屋神社

案内板を読んでも分かりづらいが、現黒貫寺境内にあったという行宮
(あんぐう or かりみや/一時的な仮の宮)の東、日陽山の景勝の地に
景行天皇が天神地神皇霊を祀り戦勝祈願した場所
ということか?

もっとも、この伝承の高屋宮というのは
鹿児島県の内之浦にもあり(今回行った
帰ってから知ったが
シーガイアのそば、宮崎の村角(むらすみ)にもあった。(行ってない

はてさていったいどこやら‥どこでもないのやら‥。
(行ってないけど、村角の高屋神社はいいかもしれない‥。

ここ、西都の高屋神社は鳥居に蜘蛛の巣がはびこり、その奥はさぞやと想像され
私は寺社探訪で初めて中へ入ることを断念。
相棒さんが蜘蛛の巣払いの枝を振り回しながらひとり奥へと向かい
蚊にとっては飛んで火に入る夏の虫。
たらふくバイキング(食べ放題)されて帰って参りました。


さらに南下して本庄の剣柄稲荷古墳(けんのつかいなりこふん)
古墳の上に稲荷が祀られている。

剣塚稲荷

日本武尊がクマソタケルを討った短刀の柄を埋めたという伝説がある
他にもいろいろ埋葬者の説がある。


剣塚

どうしてここに日本武尊の言い伝えが埋まったのか、興味深い。
大変よい場所。

境内の国造神社。
柱には県内唯一社 国造神社 豊国別命 老男命とあり
その木像だろうか?

国造神社

たしかに、立派な古墳のようであります。

本庄剣塚



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No  142

延岡*カワカミタケルの行縢山

行縢(むかばきやま)

行縢遠景

その名の由来は
山の姿が、武士が乗馬の際に用いた袴の全面を覆った毛皮製の
≪行縢(むかばき)に似ているからだとか‥。

行縢

近づいてみよう。

行縢山

行縢山の伝承

第12代景行天皇が熊襲を討つためにヤマトタケルを今の九州に当たる筑紫に派遣した。
そのころ、行縢山にカワカミタケルという勢力のある者がいて
人々から多くの貢ぎ物を取り上げて暮らしていた。

ヤマトタケルは、討伐のため、船を今の延岡市の東海の港に乗り入れた。
すでに日が暮れかけていたが、ミコトの意思が通じ
日はしばらく西の山の端にかかって沈まなかった。
ミコトはこの山が馬に乗るときの防具・縢(はき)の形に似ていることから
行縢山と名付けたという。

ミコトは勇気を得て、行縢の近くの舞野村というところまで来た。
そこの野添というところに居を置いて
7日の間とどまり、カワカミタケルを討つ策を練った。

このとき、雄岳と雌岳の間の滝が落ちるくぼみが
矢筈(やはず)の形になっているので、矢筈と名付けた。
また、水の落ちる姿が白布を引くように見えるので、布引きの滝と呼んだと伝えている。

ミコトはやがて美少女に姿を変えて、カワカミタケルの館に入り
酒宴の中でタケルの油断を誘い、討ち果たすことができた。
ミコトは大事を成し遂げて豊後国(大分)に帰った。
人々はミコトが居を置いたところを武宮と呼ぶようになった。
このように日本書紀のヤマトタケルの物語が、地名伝説となって残っている。

 ・・・・・・・・

それにしてもどこか“日本ばなれした”印象的な山容‥。
これは伝承のひとつやふたつ、ささやかれるのも無理ないカモ。
九州上陸にして、はやインパクト大

行縢山アップ

山麓の行縢神社に詣でると
人っ子ひとりいない本殿が夏の陽に輝いて迎えてくれた。

行縢神社

本殿脇には樹齢300年の夫婦杉。

行縢神社&夫婦杉

変わった狛犬?やはりどこか“日本ばなれ”
(まるで南米かどこかのものみたい‥。)

変わり獅子

不思議の地を下界へ辿る途中にあったのはひでじビール
そこで働く方は親切で人なつこく、“南国宮崎”って感じの好印象でした。

ひでじビール

モチロン地ビール、“買い”デショウ



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No  141

クマソの旅*日本武尊行在所

なぜ九州かといえば
日本武尊。

日本武尊
写真上部:おそらく草薙の剣をふるう日本武尊/延岡下舞野神社本殿天井絵

日本武尊は九州において『日本武尊』になった。

その名を献上したクマソタケル(カワカミタケル)は
ヤマトタケルにとって討伐する相手ながら
実はそれ以上の存在だったと思える。

なにしろその名を名乗るのだから。

クマソタケルの伝承は延岡や、他に鹿児島などにもある。
だが、舞台としてはここ延岡の行縢(むかばき)山
写真を見た時から胸騒ぐものがあった。

行縢山

カワカミタケルの本拠としては実にふさわしい。
一目なりとも見てみたい。

その山に向かう途中の里にも伝承はある。

扇塚

ここがその下舞野神社。
この鳥居や石柱に、ここが大事にされた神社であることがうかがえる。

下舞野神社

なんともいい里。真ん中にあるのが鳥居。

下舞野鳥居

境内自体は本殿は申し訳程度で
こざっぱりと集会所のようなものが主となっているが
周りの景色はこう。

下舞野

境内の裏の川は澄んでいる。

境内裏川

ここが日本武尊の行在所であったことを示す石柱はいい雰囲気。

日本武尊碑

この石柱に出会うのも楽しみにしていた。
期待を裏切らず。

●次回はこの旅の大きな目的『行縢山』

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No  139

一力神&パインアイス

5月に千葉に帰省した際に行った八千代市吉橋の貞福寺(じょうふくじ)
その境内に『一力大明神』という石碑がある。

一力神

一力大明神とはどういったカミサマのことをいうのか
詳細はわからないが
第一次世界大戦戦勝記念に建立されたらしく
これを建立、奉斎した安原斎平というお医者さんが一力教主唱者とある。

安原さんは地域に貢献した名士であったようだ。
(詳しくは『八千代の文人たち 崙書房出版』参照)

お医者さんとして人に尽くす中で、何か感得されたのだろうか?
わからないなりに、なかなか趣きのある面白い一角。
お社は鷲宮というらしい。石碑にも鷲宮と刻まれている。

貞福寺
一力大明神が境内にある貞福寺
*一力大明神は少しわかりづらいが、境内に通ずる坂道を登った右手の竹林の中にある。
 
地域を散歩すると、こういったものが何気なく埋もれていて
けっこうな発見がある。
ひとのいるところ歴史あり、ですね。

 ・・・・・・・・

それにしても毎日暑い〜。
外に出ると酸欠の金魚みたくなります。
ウチで最近ブームなのが
パインアイス。

原材料
パイナップル ヨーグルト ハチミツ
だけ。
適宜混ぜて冷凍庫へ。

パインアイス

へたなアイスよかよっぽどウマイです。
お試しあれ


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No  140

まつろわぬものノ社

先日4日間ほど節電休暇ができ
豪雨と台風のすきまをぬって、九州を巡ってきました。

龍雲と翼
うっすらと、龍が昇るような雲
(飛行機ではデジカメは離着陸の禁止時以外なら使えるようですね。)


これを機に満を持して
DANNAもこのほどブログを立ち上げました。

まつろわぬものノ社
〜地域の神社に伝わる、ヤマト王権にまつろわぬ者たちの伝承〜です。

MrKumaso
Mr.kumasoのシルエット

更新はゆっくりかもしれませんが
こちらもどうぞごひいきに
よろしくお願いいたします。

九州紀行はのちほどシリーズでこちらも載せさせていただきます。


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