空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

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No  208

鞆の浦1~絶景!

ポニョで有名になった広島県福山市の鞆の浦
朝日が昇る。

鞆の浦の朝

泊まった鞆シーサイドホテルの部屋より。
対潮楼(右石垣上)平成いろは丸を眼下に。

部屋より鞆の浦

ホテルの前が弁天島平成いろは丸カッコイイ

弁天島&いろは丸

鞆の浦といえばこの景色・・

鞆の浦

それと、この景色
日東第一形勝」とある。
朝鮮通信使が絶賛した景色。

日本第一景勝

対潮楼
仙酔島への渡船場のすぐ西側に石垣。その高台の上に『福禅寺対潮楼』。平安時代の947~957年に空也上人によって「観音堂」(天台宗)として建立されたと伝えられる。1638年に後陽成天皇の第三皇子によって真言宗大覚寺の末寺に指定。その際に寺号が「観音堂」から「福禅寺」に改められ今日に至る。

対潮楼は1694年に憲意上人によって本堂が改築された際に新しく建てられた客殿で、朝鮮通信使三役の迎賓館として使われてきた。つまりは、文人・墨客らの交流のサロンの場。1711年、従事官・李邦彦は、そこからの眺望を「日東第一形勝」と賞賛。のち1748年には、正使・洪啓禧が、客殿を「対潮楼」と命名し、書を残している

この眺望の写真は、谷村新司さんが歌う「いい日旅立ち(山口百恵さんのカバー)」のCDジャケットにも使われたそう。<以上サイト「鞆物語」より要約引用>


まさに絶景

日本一景色

ちなみに対潮楼ばかりスポットが当たりますが、
福禅寺の本堂自体が素晴らしく、必見
対潮楼とひっついていて、合せて入場¥200。

●穴場です
ホテルの展望室から見下ろすと・・ 現代版絶景

ホテル展望室

そこにて一服
珈琲は「美人珈琲」といって、無農薬玄米を炒ったもの。
カフェインレスで美容と健康によろしく、旨い
豆乳ぜんざいと。

ホテルカフェ

ちなみにこのホテルは最新の洒落たとこではないが
夕食で魚をさばく実演があり、さばき方のコツなど伝授してくれたり・・

ホテル魚

目の前でさばかれた鯛の刺身

鯛の刺身

レストランは野菜に重点を置き、れんこん酒やら手作り酒も置くバイキング。
無名のデュオが懐かしい歌を披露したり、太鼓の演奏があったり
そこここに昭和チックでお値段もなつかしい(リーズナブル)。連泊は助かる。

なにより立地でしょうか

ホテル朝食

朝食バイキング。




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No  207

平家落人の里

鞆の浦に行く途中、平家落人の里があるらしいと寄ってみた。
福山市沼隈町中山南(なかさんな)横倉

平家の赤い幡を祀るという赤幡神社

平家1

平家谷
福山市沼隈町中山南の横倉は800年にわたって平家伝説を今に伝える地域として〝平家谷″と通称されている。源平屋島合戦のあと、鞆の浦に上陸した平家方は旧沼隈町能登原(福山市)に陣取り、田島に陣した源氏方と対峙、平家方は清盛のおい能登守教経(のりつね)が指揮、源氏方は扇の的で有名な那須与一を陣頭に合戦におよんだが、平家方が敗れて壇の浦目指して落ちのびたという。1185年のことである。

能登守が陣したので能登原という名がついたなど、この合戦にまつわる伝承が多く伝えられるが、平家谷伝説もその1つ。教経の兄、通盛主従が山1つ越えた横倉へかくれ住み、平家再興の機会を待ったというのである。横倉は南北約3キロメートルの谷間の村里、通盛主従を祀る通盛神社(平家宮)、赤い旗を祀る赤幡神社通盛の妻、小宰相局の墓と伝える墓石のある福泉坊、一行が8日間ひそんだという八日谷、平家再興の武技に励んだという弓場などなど。白い色を嫌い、神社の垂(しで)までも赤一色。また、下帯、手ぬぐい、襦袢にいたるまで赤くそめたという。もちろん綿や夕顔もわざわいが起こるとして植えなかった。


通盛の妻、小宰相局が眠るといわれる福泉坊の門より。

平家3

落人の里らしい風情。

平家4

小宰相局の小さなお墓。

小宰相の局墓

お墓のある小山は紅葉の盛りにて別世界

平家5

通盛神社

通盛神社1

本殿。

通盛神社2

夕暮れかけた通盛神社は少々うら寂しい・・。

平家6

祭神、平通盛と妻、小宰相局。平家谷の氏神

旧暦八月十三日の祭礼には
海戦で命を落とした平氏の魂が宿る「平家蟹」が
能登原の海岸から山をよじ登って参拝に来た、と語り継がれている・・。

平家7

たしかに普通よく見る白い御幣はここでは赤い・・。
この小さな墓石が、案内板による通盛主従のお墓、ということなのだろうか・・?

平家8




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No  206

瀬戸内・因島

四国で法事がある度に、しまなみ海道などを通って帰る。
昨年11月、因島 (いんのしま) に寄ってみた。

・・・なんとまあ

因島2

スバラシイ眺め

因島

白滝山五百羅漢
標高227メートルの白滝山は、もとは修験者の修行の場。1569年、因島村上水軍6代当主、村上新蔵人吉充が布刈瀬戸の見張りどころとして観音堂を建立したと伝えられている。江戸時代後期、重井の豪商 柏原伝六(1780~1828年)が、神道、儒教、仏教に加え、当時禁制の基督教の四大宗教の共通理念を基礎に一観教』を開き、白滝山上に清浄世界をあらわそうと、石像群の五百羅漢を弟子、柏原林蔵や尾道の石工たちとともに刻んだ。1827年発願し、3年後に完成した。しかし伝六は、その途中、一揆を怖れる広島藩により1828年毒殺された。今、仁王門から山頂まで大小約700体の石像仏群がところ狭しと並んでいる。山頂の展望台からは360度、瀬戸内の大パノラマを楽しめる。

仏様の向こうに橋。

因島4

実に気持ちいいところ

因島6

多少の憂さならふっとびマス

因島3

白滝山の鐘楼を下から見上げるとこんな。

因島5

その麓で売っていたのははっさく大福
中に生のはっさくがそのまま入っている。

はっさく大福

車で少し行くと因島水軍城が。

昭和58年に築城された全国でもめずらしい城型資料館。南北朝時代から室町時代にかけて活躍した村上水軍の武具、遺品、古文書などの歴史資料を展示。入館料¥310。

水軍城

城の麓の金蓮寺 (こんれんじ) には村上水軍の墓が並んでいた・・。
この石段を昇る。

村上水軍墓

寺の入り口の紅葉がキレイ

水軍墓寺

昼はうまや

うまや

尾道焼ラーメン¥480。

尾道焼きラーメン



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No  205

寒中お見舞い申し上げます。

陽はまたノボル。

鞆の浦日の出

昨年は噴火や気象災害など色々あって
自分的にも1年と思えないてんこ盛りの年でしたが

また新たな船出を迎えます。

鞆の浦

どんなによいことも
どんなにわるいこともそうは続かない。

ちょっとしあわせだともっとほしくなるかもしれないけれど
ちょっとふしあわせならちっさなしあわせをよろこべる。

欠けているくらいがちょうどいい。
ちょうどいい。ちょうどいい。



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