空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

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No  214

館山4~成願寺

館山の帰りに寄ったのは成願寺

成願寺

千葉県君津市にある真言宗智山派の寺院。山号は息災山。院号は東光院。本尊は不動明王。上総八十八箇所霊場第1番札所となっており、境内には樹齢約100年の大枝垂桜がある。

寺伝によれば、1126年源暹により創建されたと伝えられる。江戸時代には江戸幕府から朱印状が与えられ、真言宗の常法談林所であった。なお、鹿野山神野寺は当初成願寺の末寺であったが、1843年に離末(独立)している。


思ったよりずっと立派なお寺

成願寺2

春はしだれ桜がさぞや見事では・・。

成願寺桜

成願寺堰もこのお寺の魅力のひとつとなっていそう。
鳥がたくさんいて見飽きない。
この人口池の脇に寺の門があり、この先に寺があることがわかる。

成願寺池

正月2日のお昼は道の駅三芳村鄙の里で。味噌ラーメン。¥756。美味しい

道の駅三芳ラーメン

こちらは醤油ラーメン。お土産も充実

道の駅三芳醤油ラーメン

(ひな) といいつつ活気アリ




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No  212

館山3~安房自然村

2015年初富士。

初富士

宿泊した安房自然村より。

自然村富士

ここには大変効能のある薬師温泉が敷地内にある。
だからお客さんはリピートする。(ウチも)
格好良くした今ドキの温泉に行きたい方はそちらへ。
ここは湯治場と思われたし。
房総に黒湯は数あれど、おそらく随一
(今のところ自分内では日本一

不老山薬師温泉

雰囲気ありあり。

薬師温泉入口

手堀りのトンネル。

薬師温泉通路

村というだけあって、裏山も含めて敷地は広い。
こんな茅葺の建物も。(日帰り入浴の受付でもある)

自然村茅葺

ここでお昼が食べられる。鯨肉のステーキ定食。¥1400。
他にはあじのなめろうさんが焼き、かさごの煮付け等。てんぷら蕎麦や甘味もある。
定食は¥1300~1400が多い。¥1500出せば日帰り温泉付き

鯨肉

部屋より元旦の景色。

自然村

なんと午後には雪

自然村雪

地元の人もビックリ

自然村雪2

ホテルの入り口から駐車場の向こうの裏山を望む。うっすらと白くなった。

自然村雪3

元旦の夕食。カニ~

自然村夕食

元旦の朝食はおせちとお雑煮がついた。
でもここはなんといっても干物がウマイ

自然村朝食

前回行った記事:安房自然村




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No  213

館山2~波音日和

初詣は小塚大師
815年に弘法大師が東国行脚の際、静寂で霊験あらたかなこの山に立ち寄り、密教の道場として、一宇の草庵を建てたのが始まり。

小塚大師入口

ある日、布良崎に鎮座する太玉命(ふとだまのみこと)が現れ大師に告げた。
「衆生のため、また厄年である自分のために庵の裏山の霊木を用いて師の像を刻んで祈るならば、あらゆる災難やわざわいはその像が身代わりとなろう。永くこの地に像をのこし結縁の者に厄難を除かしめられよ。私もまた師の影に随って擁護しよう。」お告げに従い霊木を探し、自ら二体刻み開眼供養をして、
「願わくは有縁の衆生と共に福智円満せしめん。当所鎮守を始め奉らん。諸仏加護し給へ。」と誓い、その内の一体を布良崎の浜より流した。その後、幾年かたって流れ着いた像が現在の川崎大師平間寺に祀られたと伝えられている。

小塚大師

創建当時、大師は金泥をもって金胎の法曼茶羅二幅弥陀六字の大名号『佐野の名号』を書かれた。法曼茶羅を写していた時に井戸の中から黄金がわき出たと伝えられる。その井戸は、現在本堂裏にある閼伽井(あかい)のことである。しかし、この大名号は文安年間(1444~1448年)の兵乱の際に、何者かによって奪い去られたと伝えられている。

源頼朝は石橋山の戦いに敗れ、船で当国にのがれた時、まず当山に参拝して武運長久を祈願。すると、軍大いに振るい、諸国を征服し遂に征夷大将軍の位についた。そこで頼朝は深く霊感を感じ天下平定後、水田を寄進し、旧堂を修理し新殿を増築し、東関東無比の名刹となったという。
 
開山より1200年たつが、幸いに寺宝である霊像と金泥両界曼荼羅は保存され、弘法大師の霊場として、また川崎大師、西新井薬師と並んで災難厄除けの関東三大薬師として檀信徒の信仰を集めている。



その帰り道沿いに見つけて寄ったのが洲宮神社

洲宮神社2

807年の『古語拾遺』では、神武天皇元年に神武天皇の命を受けた天富命が肥沃な土地を求めて阿波国(現在の四国徳島)へ上陸し、そこを開拓した後、さらに肥沃な土地を求めて阿波忌部氏の一部を率い房総半島に上陸したとしているが、社伝によれば神武天皇元年に天富命魚尾山(とおやま)に当社を創建し、当時海辺にあったことから洲神・洲宮と呼ばれたとしている。

また、『斎部宿禰本系帳』では天富命15代目の子孫である佐賀斯の長男・子麿の第2子・夫岐麿が安房郡大領となって「洲の神」を祀り、その18代後の子孫である諸幾1273年(文永10年)に(火災で焼失した洲宮を県道をはさんで反対側の現在地に)洲宮神社として創建したとしている。同書には「文永十年、神宣ニ依テ社頭ヲ明鏡山豊栄地ニ遷シ建テ・・・」との記述があるが、この「明鏡山豊栄地」は現在も御浜降神事が行われる明神山」に比定されている。

安房開拓神話にまつわる神社で、安房神社の祭神天太玉命后神天比理乃咩命を祀っている。延喜式には天比理乃咩命と記されているが、続日本後記文徳実録三代実録では、天比理刀咩神と表記。西岬の洲崎神社と同神で、洲崎神社が拝所、当社が奥宮であるともいう。

旧社地魚尾山より出土した古墳時代後期土製祭祀用具模造品洲宮神社縁起南北朝時代の木造天部立像市の文化財指定となっている。毎年1月1日に農耕神事として行なわれる御田植神事も市の無形文化財。



この後、御田植神事があるので人が集まっているそう。

洲宮神社


元旦のティータイム
カフェ波音日和。一昨年?出来たそう。

波音日和

たまたま通りすがり。

波音日和2

見っけもの

波音日和3

カフェの2Fより。言葉もなく波に見入る・・。

波音日和4




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No  211

館山1~房総寺社巡り

正月は房総で過ごしました。
いつものごとく、ゼンゼン観光地ではない寺社巡り。

見性寺
1487年に安房の国の白浜城主里美義実(よしざね)創建の曹洞宗の古刹。1715年鋳造の富津市指定有形文化財の梵鐘がある。富津市内はもとより、近隣においても近世の梵鐘は残存する数が少なく、貴重な工芸品。

見性寺

人っ子ひとりいない静かな片田舎。
いい樹。いい光 ああ いい大晦日

見性寺樹木


こちらは行った中では比較的有名なお寺。
本堂から海を望む。
大晦日でも午後はすいている。

那古観音
元正天皇、721年9月に、突然の病に臥す。行基が勅命によって千手観音に祈願していると、本尊が壇上に現れて、安房国那古の浦にて日本の補陀落を祈れ、と告げた。そのころ安房国では、那古の浦の沖に大船が出現して妙音を奏でたので、人々は恐れて漁に出ることができなかった。そこに行基がやって来て、迎請の印を結ぶと、船は浜辺に近づき、なかから毘沙門天が現れて、香木を行基に与えた。その木で尊像を刻み安置したところ、たちどころに天皇の病も平癒したので、伽藍を建立したと伝えられる。

源頼朝が帰依して堂塔を建立、足利尊氏里見義実も篤く信仰した。江戸時代には、鶴岡八幡宮の別当を兼ね、二百八十余石を領して、隆盛を極めた。かつては山上にあったが、1703年の大地震で倒壊し、1759年、岡本兵衛を奉行として、現在地である中腹に再建された。眼下の館山湾は、鏡ヶ浦と呼ばれるほど波が穏やか。第一番杉本寺のある鎌倉までは海路あまり遠くない距離である。

坂東三十三観音霊場第33番結願札所。国重要文化財の銅造千手観音立像をはじめ、木造阿弥陀如来像など多くの文化財が所蔵されている。那古山頂まで徒歩40分の遊歩道があり眺めがよい。また、境内からも鏡ケ浦を一望


那古観音


それこそ村の鎮守様。千葉県館山市香(こうやつ)浅間神社
水仙の花が。

後で見つけたある人のブログには、
ここにお参りした若いふたりがトントン拍子に結婚したとか
お賽銭を千円はずんだ人が20倍の馬券を当てたとか
東京からわざわざ草刈をさせてくださいとやってくる初老の夫婦の話とか
ほのぼのとした語り口で書かれていました。
実はご利益のある、人々に愛されている神社のよう。

そういえば小さな神社なのに、なんだか居るとうれしくなるところ。

館山水仙

本殿の脇にはご祭神のコノハナサクヤヒメの綺麗な大きな絵が。
あっそうか、ここ館山からは富士山が海越しに印象的によく見える
(コノハナサクヤヒメは富士山の神様)信仰するのもうなずける・・。

館山浅間神社


お昼に行く予定だった「かなや」は大晦日休みだったので
その近くの海花亭で。

海花亭

けっこう正解海鮮丼¥1620。

海花亭海鮮丼




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No  210

鞆の浦3~散歩

鞆の浦。そぞろ歩き編。

小さな路地を抜けて。

鞆の浦路地

この先にあの鞆の浦の象徴常夜燈がある。
右の建物は太田家住宅

鞆の浦景1

かつての鞆城跡に建つ鞆の浦歴史民俗資料館の敷地より。

鞆の浦景2

医王寺付近からの眺め。
赤い屋根は宮崎駿さんの映画に出てきそうな洋館。
真ん中の白い建物が泊まった鞆シーサイドホテル。

医王寺より2

町中にも洋館を見つけた。

鞆の浦洋館

何気に可愛い電燈の笠。

鞆の浦灯

よく見るとけっこう凝っている。

鞆の浦家

鞆の浦で一番古いお寺、静観寺806年最澄創建
境内の素朴で色の綺麗な仏様。

美色仏

猫、猫、猫 猫好きにはたまりません。猫寺

円福寺
大可島(たいがしま)城跡に建つ真言宗寺院。1342年、南朝方と北朝方が燧灘で合戦となり、大可島城にこもる南朝方は全滅。その後、村上水軍の一族が大可島城を拠点に海上交通の要所である鞆の浦一帯の海上権をにぎっていた。1600年頃鞆城を築いた時、島から陸続きとなり、沼名前神社の南にあった円福寺が移転してきた。いろは丸事件では紀州藩の宿舎になっていた。 

猫寺

ひなたぼっこ。 高台なので眺めよし

鞆の浦猫群

ひとり、妙にひとなつこいやつが・・。(命名TOMO)
ずーっともてなしてくれた油断すると登ってくる・・。

鞆猫

医王寺から下って町の中心部へ戻る途中。
湊町の風景。

鞆の浦町

村上製パン。宮崎駿さんも通ったそう。

村上製パン

昔なつかしい味。たしかにまた食べたくなる。

村上パン

名物としてはやっぱり保命酒。常夜燈近く。保命酒屋

保命酒店

養命酒はこれを参考に作ったそうな。体あったまる。

保命酒

保命酒を造っているところは何軒かあるが
店の風情など総合評価で上記写真の保命酒屋さんがよかった
保命酒自身も一番こゆい感じ。
濃いのが苦手なら写真右の入江豊三郎商店がいいかも?ラベルもガンバッテいる。
まぁ、お好みですネ

鞆の浦夕景

鞆の浦夕景
長逗留したい町・・




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