空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
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No  258

香川~引田

讃岐白鳥神社に行ったついでに
すぐ近くの町、引田(ひけた)にも寄ってみた。

ここもちょっと歴史のある町。

まずはお昼に寄ったかめびし屋

かめびし屋

260年の醤油の老舗。

かめびし屋2

もろみうどん¥420 と炊き込みご飯¥160。

もろみうどん

江戸時代から昭和初期まで酒や醤油醸造で栄え
引田しょうゆの名を全国に広めた「引田御三家」の一つ「井筒屋」の井筒屋敷
立派その角を曲がればかめびし屋。

井筒屋敷

庭に面した小さめの渡り廊下。小人の廊下みたいで面白い。
座敷ではちょうどからくり人形の実演などされていた。

井筒屋敷庭


東面山宝泉(船)院西行(向)寺積善坊

奈良時代、東大寺復興の勧進、行基菩薩この地に巡錫し、浦人の漁猟の営みを目の当たりにし、自ら地蔵菩薩を像立して衆生済度を祈願したのが開基。平安時代、阿弥陀如来・聖観音を安置。源平の頃、義経公、阿波より大坂峠を越え屋島に向かう折、当院に宿営し地蔵菩薩に戦勝を祈願。故に延命地蔵大菩薩、又の名を将軍地蔵と号し俗に目引き地蔵・つりあげ地蔵とも呼ばれた。鎌倉期には、歌人西行法師崇徳上皇を偲び鳴門の方より来寺。一夏を安居し、本尊詠嘆の歌を残す。(境内に石碑あり)

あら鷹の下も引田の浦なれば 沖へに懸る白鳥の松

引田の不動

戦国乱世には、生駒公太閤の命を受け当地に入封し、城を修復。讃岐を統治することをニヶ年に及び、後に高松に移る。当山の土塀・表玄関は往時の遺構。当院もこの項、南方山麓の吉田の里よりこの地に移った。やがて国鎮まり、初代高松藩主、龍雲院殿頼重公黄門様の兄君)当院に逗留する事、生涯二十数度に及ぶ。為に寺門興隆し、当浦繁栄。四国随一の巨像仁王尊は文化・文政の項の造立。近年修復。昭和の初め、成田不動御分身を勧請。千葉の成田不動尊は弘法大師一夜の内に一刀三札の霊験あらたかなる御仏。近郷近在の民の信厚く、平成に入り、不動明王の主尊たる金胎両部の大日如来も勧請。

この1年安泰でありますように。ここにて招福安鯛守(くじ)入手。

安鯛守

旧引田郵便局をカフェに再利用したカフェ・ヌーベルポスト

カフェヌーベルポスト

郵便局の面影が・・。

旧引田郵便局

中もなかなかレトロで雰囲気アリ

ヌーベルポスト内



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No  257

讃岐白鳥神社

またまた前後しますが・・
年明け1月9日に法事で四国へ。

しまなみ海道

しまなみ海道

石鎚山系の美しい山並み

石鎚山系

法事を終えて帰りは讃岐富士を眺めつつ・・

讃岐富士

香川県の讃岐白鳥神社へ。

日本武尊が亡くなった時、白鳥となって西方へと飛んで行ったという伝説がある。奈良や大阪に舞い降り、その地にも御陵があるが、さらに飛んで、讃岐国大内郡鶴内の里に降り立ったとここではいわれる。(この伝承は本居宣長の「古事記伝」に記録されているという)記紀と違うのは鳥は鵠(クグイ・・白鳥の古名)ではなく鶴だということ。成務天皇の時代、天皇の御兄弟神櫛王(カングシオウ)が日本武尊の御子、武皷王(タケミカツチノオウ・・神社ではタケカイコオウではなくこうフリガナが)を従わせて、讃岐の国造に封じ神陵を作らせる(武皷王の神陵綾歌郡に、神櫛王の神陵木田郡牟礼町にある)。日本武尊の御子仲哀天皇の時代、神籬(ひもろぎ)を建て封戸を寄らせる。今の神社がその御跡。その後一盛一衰あるが、武家は弓矢の神として崇敬が深かった。

正月飾りが素敵。

白鳥神社

日本武尊は白鳥になったという伝承のせいか、神門には鳥が・・。
なるほど、鶴・・。

白鳥

白鳥宮の文字。

白鳥宮

本殿。

白鳥本殿

遠征に付き従ったという大伴武日吉備武彦を祀る境内社。
日本武尊にとっては心強いお供も大事に祀られている。

白鳥境内社

日本武尊が女装してクマソタケルを倒した場面。いい絵。

白鳥絵

その絵が掛けられた絵馬殿には巨大な鏑矢。

白鳥大矢

その絵馬殿の裏には弓道場が・・。

白鳥弓道場

見上げれば白鳥が飛翔するにいい、なんとも印象的な空。

白鳥空

神社裏境内地は瀬戸内海国立公園の区域に指定され
日本の白砂青松100選に選定されている有名な松原で
そこには自然の山として日本一低い山があるという・・。

平成十六年、神社がある東かがわ市松原、浸水の災害にあった。この松原地区でいったいどこが高いのかを調査したところ、白鳥町都市計画図(平成七年)の中に一番高い3.6メートルを発見。

御山山頂の石碑。こう見ると平ら・・。

御山山頂

ちなみにここに訪れると、『登山証』なるものを発行してもらえる。(社務所にきくとよい)

さらに松原を突っ切ると、すぐに白鳥海岸播磨灘
うっわーーーー ズバヌケた解放感

白鳥海岸

なんて気持ちのいい海
近くに住んで散歩に来たい・・

白鳥海岸2

*白砂が減っているらしく、保存事業の看板・・・末永くこのままであってほしい・・


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No  255

エトセトラ♪

尼崎に立つ朝陽の柱。
アマは大阪にも近く、送電線も走り、家もビッシリ建つ市街地だけれど
東には生駒山を望み、西には六甲。朝陽、夕陽は思わずみとれる。

朝日

武庫川が近いので白鷺はまるで鳩のように当たり前に見る。

白鷺

2月の立春の頃、スーパーで買ったいつもより大きなイカの中に卵があった。
イカはよくさばくが、初めてのこと。
茶色いのが卵。白いのは卵巣。

いかのたまご

天からのお恵み。オリーブ油と塩胡椒でお酒のおつまみに。

いかの子

3月に入って海側の総合文化センターで行われた無料検診へ。
血管年齢39歳

海が近いのでセンター横の庄下川にはカモメのみなさん

かもめ1

壮観。

かもめ2

最後はだんなはんのいとこはんのお嬢ちゃん誕生の内祝いでいただいたクッキー
まあ、なんとカ~ワイイ
ほっこり~ あったか~い気持ちでおいしくいただきました

さらクッキー




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No  256

3.11

5年か・・
5年。

尼日の出

いろんなことでひとは他界してゆくけれど
わたしも2年半前に母を失くし、一時代が終わったような無常を感じました。

病いで失くしてもああすればよかったこうすればよかったと時に思うものですが
突然の混乱の中の別れであればなおのこと・・

それでもご家族や街を失くされたひとが
あの山だけは変わっていなかったと顔を上げられたのを見てやはり山を仰ぎます。
尽きぬ川を見つめます。

六甲と武庫川

花はもちろん、艶々とした葉の光に見入ります。

薔薇

合掌。

**最初の写真は日没のようで、実は朝日**

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