空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

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No  274

足摺散策1~天狗の鼻・足摺岬灯台

足摺国際ホテルの朝食で出された手のひらサイズの小さな宗田節削り。
自分で削りたての宗田節を味噌汁に入れたりすることが出来る。
お土産でも売っていた。

宗田節

味噌汁も熱々。活きのいいピカピカの魚も目の前で焼いて。

足摺国際朝食

ここのロビーからの眺めは90km歩いた疲れもとんでしまった。

ホテルロビーより

せっかくなので足摺散策に出る。
このあたりは植生が亜熱帯で、ヤブツバキの名所でもあるそうだ。
季節になるとさぞや

足摺椿

名所天狗の鼻。向こうに見ゆるは足摺岬灯台

天狗の鼻

天狗の鼻から見下ろす足摺岬の緑の海。

足摺岬

足摺岬展望台から天狗の鼻を見る。

天狗の鼻2

足摺岬灯台

足摺岬灯台1

近づいて来た。

足摺岬灯台2

見上げる。

足摺岬灯台4

昼は金剛福寺の真ん前にある足摺グランドレスト
窓から灯台も望める。

足摺グランドレスト景色

かるくうどんを。

足摺グランドレストうどん

足摺のところてんは出し汁で食べる。酸っぱくなくてウマイこっちの方がスキ

足摺ところてん

お世話になりました。足摺国際ホテル
真ん前のバス停から路線バスに乗る。
一番近い鉄道の駅、中村駅まで2時間弱

足摺国際ホテル

行きは窪津を通って東側を歩いて辿り着いたが
帰りはバスにて県道27号の西ルート。
みどころの鵜の岬展望台ではなんとバスが減速してくれる粋なはからい。
窓外の写真を撮り終えるまで止まってくれた。ちょっとしたおもてなしタイム。

バスより

このバスは2時間かかるので中間地点でトイレタイムも声をかけてくれたりした。

中村駅では菱田ベーカリーのパンを見つける。帰りの電車でのお昼。

菱田ベーカリー

中村駅13:24発 岡山経由最寄り駅19:03着。5時間半。
バスを入れると7時間半以上。
足摺は遠い~のお~

それでもすでにまた行きたい・・



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No  273

四国歩き遍路9~カフェたぬきから金剛福寺へ!

土佐清水市大谷のcosmic country cafe たぬき
ネットでは土日のみ営業とあり、この日はやっていなかった・・。味のある手造り小屋。

カフェ小屋

道沿いにあった巨石を祀る祠。

巨石祠

御神体。

巨石御神体

祠から振り返ると海。

巨石祠より

いよいよ足摺岬の案内看板が0.5kmに

足摺岬へ

金剛福寺到着~ 約90km完歩

金剛福寺門

四国の最南端、国立公園の足摺岬を見下ろす丘の中腹にあり、弘法大師はその岬突端に広がる太平洋の大海原に観世音菩薩の理想の聖地・補陀落の世界を感得した。ときの嵯峨天皇(在位809〜23)に奏上、勅願により伽藍を建立、開創したと伝えられる。弘仁13年、大師49歳のころといわれる。縁起の仔細をみると、大師は伽藍を建立したときに三面千手観音像を彫造して安置し、「金剛福寺」と名づけられた。「金剛」は、大師が唐から帰朝する際、日本に向けて投げた五鈷杵(別名金剛杵)が落ちた地とされ、また、「」は『観音経』の「福聚海無量」に由来している。歴代天皇の勅願所となっていたが、源氏一門の帰依も厚く源満仲は多宝塔を建て、その子・頼光は諸堂の修復に寄与している。戦国時代以降、海の彼方にある常世の国・補陀落浄土を信仰して、1人で小舟を漕ぎ出す「補陀落渡海」が盛んだったことや、一条氏山内藩主の支えで寺運は隆盛した。大師因縁の「足摺七不思議」といわれる遺跡が、岬の突端をめぐるように点在している。四国霊場の札所間では三十七番と三十八番が最長距離で、まさに「修行の道場」である。

池の向こうに本堂。

金剛福寺

弘法大師が唐から投げた「金剛杵」の伝説は、他のお寺にも残っており、刃が1本の「独鈷杵(どっこしょ)」は三十六番札所「青龍寺」に、刃が3本の「三鈷杵(さんこしょ)」は高野山の壇上伽藍に、それぞれたどり着いたとされている。

大師堂。
無事にお参り出来たことに感謝。

金剛福寺大師堂

着いた~ 足摺国際ホテルの部屋より。

ホテルの部屋より

足摺岬や金剛福寺方面。

部屋より

ひとまず今回のおつかれさん。

露天風呂

最終夜の夕食。

国際ホテル

珍しいうつぼのたたき。味は鶏肉に似ておいしい

うつぼたたき

我ながら90km歩けたのが未だに半信半疑・・
目的の三十八番、無事にお参り出来てほんとうに有難うございました

土佐の海、そして高知が大好きな土地のひとつとなった。
行ってみることはほんとうに大事なことだとつくづく思った・・。



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No  272

四国歩き遍路8~民宿旅路からへんろ小屋

5月4日。昨日と打って変わっての快晴の空。
民宿旅路の部屋からの朝陽。

旅路の朝

これまた愛のあるおいしい朝食。

旅路朝食

いざ、今回の最終道程。三十七番金剛福寺へ出発
ちょっと行って海岸に出るとこんな遍路道があった。

遍路道

山道を登る。
“遍路道”とある小さな札があるから迷わずに行ける。

遍路道2

こんな感じ。

遍路道3

きれいな緑のトンネルを抜けると・・

緑のトンネル

そこは海だった

土佐の海

きれいな景色はなによりのご褒美。

土佐の海2

土佐の海、無条件に惚れ惚れする。

土佐の海3

窪津に着いた。

窪津

ここ大漁屋で昼用に巻き寿司を調達。¥250。
海産物の他にちょこっと昼にいいようなものが。道をはさんで海鮮館という食事処も。

大漁屋

窪津港。きれいな公衆トイレもある。

窪津港

そこからしばらく行くとこんな立派なへんろ小屋があったのでちょっと早めの昼休憩。

遍路小屋

奥には善根宿スペースもあり、野宿旅のお遍路さんにとっても有難いところ。

善根宿

私たちが出発するのと入れ違いにひとり、同年代の男性お遍路さんが到着した。
道々時々お仲間に出会う。外国人のお遍路さんのひとり旅も3人くらいいた。
(イタリアのトリノの人は民宿旅路で同宿



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No  271

四国歩き遍路7~下之加江海岸から民宿旅路

5月3日。この日は昼頃から雨の予報。
ロッジ・カメリアを出て下之加江海岸

下之加江海岸

なんだかきれいな・・思わず。

綺麗蛾

嵐の前の海。

嵐前の土佐の海

評判の大岐の浜。うつくしい。

大岐浜

天気がよければゆっくりしたかったが・・。

大岐浜2

大岐の浜を出たところで今回初めて地元の方に小夏をお接待いただいた。
りんごをむくように白い部分を残してむいてそれごと食べる。美味しい

軽トラで通りすがりにわざわざ止まってバックしてきて渡していただいた。
うれしかったなァ~ 目がキラキラ澄んだおいちゃんだった。

おにぎりは休憩した大岐の浜の喫茶ビーチでお昼用に頼んでにぎってもらった。
このあたりは食料を調達出来るところがないおそれがあるので早め早めに・・。

お接待

大岐の浜を過ぎてちょっといくと立派な津波避難タワーが・・。

津波避難タワー

天候悪化も懸念されるので早めに宿へ。
民宿旅路へは途中左の道へ。一瞬わかりにくいので注意。
この小さな看板のある方の道。

旅路看板

見えてきた

民宿旅路

ここは先代がやられていたのを娘さんご夫婦が最近継がれたよう。
ご主人は尼崎出身。気さくできのおけないおふたりで居心地がよかった。
この旅で一番印象に残る宿。長く続けてほしい。
・・ちなみにここは海には近いがけっこう高い岩盤の上なのでご主人いわく、大丈夫のようだ・・ホッ。

旅路ご夫婦

部屋。昔の下宿風だが、なんだか落ち着く。

旅路部屋

この窓からの景色が抜群に気に入った ああ、ここに下宿したい・・。
12:00頃到着して1時間も経たぬ間に予報通り暴風雨となった。
たまたま短い道程のスケジュールで助かった。

民宿旅路窓

無農薬の滋味豊かな野菜たっぷりの夕食。疲れたからだがじんわり喜ぶ。

旅路夕食

本日も無事に歩けて有難うございました。



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No  270

四国歩き遍路6~真念庵からロッジ・カメリア

ドライブイン水車の休憩所でお昼を済ませると
少し戻ってトンネルより手前の道を左に逸れる。10分もかからないくらい?

そこには真念庵がある。

真念庵入口

真念は江戸時代前期の土佐出身大坂在住の僧侶で、大坂から四国に渡り巡礼を繰り返し、「四國邊路道指南(しこくへんろみちしるべ)」や「四國偏礼功徳記(しこくへんろくどくき)」など初の庶民向け遍路ガイドブックともいえる書物を刊行し、道標や遍路宿の建立も進め、現代に続く1番から88番までの札所巡礼番号を定めたともいわれている。遍路の文化価値の向上や大衆化に大きな功績を残したことから「四国遍路の父」「四国中興の祖」などとよばれている。ここ土佐清水市市野瀬は札所間の距離が最も長い三十七番札所・岩本寺と三十八番札所・金剛福寺の中間地点で、真念が建立したとされる遍路宿が番外霊場真念庵」として今も残っていて、昔は善根宿として、また打ち戻るときの荷物置き場として使われていたそう。

真念庵案内

案内板を右手に見て、石段を登る。

真念庵石段

仏堂の前には、明治時代初期の庵主であった法印実道が四国を巡拝して浄財を集めて建立した八十八体の石仏が並んでいる。石仏を刻んだ石は地元民が集落の北にある山から切り出したものである。

真念庵石仏

現在、真念庵の納経は麓の集落にある民家で受けることができる。

真念庵

庵の左手の竹林がうつくしい。
この竹林の先に旧遍路山道がドライブイン水車方面へつながっている。

真念庵竹林

ここから金剛福寺までは7里(28km)ある。真念は金剛福寺までの遍路道に1丁間隔で道標として丁石を350基立てた。これは「足摺遍路道三百五十丁石」と呼ばれている。丁石の多くは美作国(岡山県北東部)、播磨国(兵庫県南西部)、摂津国(兵庫県南東部・大阪府北部)、地元の有志により立てられた。現代では道路工事などで多くが失われている。


真念庵を出たらひたすら歩く。本日は寄り道も入れると約20kmくらい。
遍路宿というにはきれいなロッジ・カメリアに到着。素泊まり¥3000。
昨日の民宿中村よりさらに安い。

ロッジ・カメリア

最近リニューアルされたようで部屋もお風呂もきれい。
洗濯乾燥機も貸していただける。

カメリア部屋

素泊まりといいつつ、お接待で夕食にレトルトカレーが
サラダやフルーツまで・・の手厚いご配慮。なんと有難い。

カメリアカレー

それだけではないのですぞ。
朝食のパンまで・・。ほんとに有難い。

カメリアパン

感謝を込めて。 本日も無事に歩けて有難うございました。


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