空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  280

香川~琴平/金丸座・虎屋・金陵

金刀比羅宮の参道を下ってきて
若い男の子がカメラを構えてたのが微笑ましかった。ねこ
何かを見つけたのかじっっ・・と動かない。

こんぴらねこ

参道を下って右の坂の上の方に歌舞伎で有名な旧金毘羅大芝居金丸座」。
見た目新しそうで、引き返した観光客がいたが
ここはぜひ入場料¥500、払ってでも中へ。

金丸座

天保6年(1835)に建てられた現存する日本最古の芝居小屋。「金丸座」の名称は明治33年につけられたもの。昭和45年に国の重要文化財として指定され、この時、名称が旧金毘羅大芝居となった。四国こんぴら歌舞伎大芝居とは旧金毘羅大芝居「金丸座」で行われる歌舞伎講演。昭和60年から開催され、全国から歌舞伎ファンが訪れ、四国路に春を告げる風物詩となっている。舞台装置は全て人力で江戸時代の雰囲気を今に伝える

花道。ここを歩ける。

金丸座花道

舞台。ここにものれる。

金丸座舞台

観客席。天井裏全面に鉄骨で構造補強を施す耐震改修もしたおかげで
4本あった柱もとることが出来、江戸時代本来の姿の大空間に・・。

金丸座客席

裏方さんの部屋も見れる。

裏方部屋

奈落。人力の仕掛け。今も実際に使われているのがスゴイ

金丸座奈落

参道に戻ってきた。

こんぴら参道

老舗の虎屋
こんぴらさんの石段のふもと、参道の目抜き通りに面して建つ。明治44年創業の老舗旅館でかつては皇室御用達の宿。今から約30年前、「香川でも旨いそばが食べたい」と宿泊客の声に応えて、旅館の一角でそば屋を開店。こんぴらさんでは、うどんも外せない人気メニューのため、そばとうどんの両方が味わえる店となった。

虎屋

中も見たくて入店。

虎屋内2

いいね~。

虎屋内1

お昼もうどん。朝も昼も夜もうどんでもいいや~。
虎屋の讃岐うどん。ここは元々蕎麦をやっていただけにおつゆの色が濃い。

虎屋讃岐うどん

虎屋の通りにある酒造、金陵。200年以上の老舗。
金刀比羅宮の御神酒でもあるらしい。
酒名「金陵」は、江戸時代儒学者頼山陽先生が琴平を訪ねた折にこの地が中国の古都金陵(代々帝王発祥の地南京)を思わせるものがあるとして琴平の地を金陵と呼んだのに由来する命名である。

金陵酒造

中庭には神木級の大木。
酒造りの工程を紹介した歴史館などあり、見学無料。

金陵中庭



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No  279

香川~金刀比羅宮

素泊まりなので朝はうどんを
8:00からやっている参道のこんぴらうどん

こんぴらうどん

おつゆではなくて、おしょうゆをかけて食べる独特のしょうゆうどんを食べてみた。
ボリュームたっぷり大きなとり天入り。朝からおなかいっぱい。

こんぴらしょうゆうどん

ちびまるこちゃんが家族旅行で来た?のはこの店がモデルらしい。

こんぴらまるこ

ホテルの駐車場にそのまま車を置かせてもらえるのが助かる。
金刀比羅宮への参道。長い石段。

こんぴら参道1

一ノ坂の途中に、重要有形民俗文化財灯明堂」。
安政5年(1853)、備後国因之島浦々講中の寄進により、船の下梁を利用して建てらた。切妻造・瓦葺。灯明堂の中には多数の釣燈籠が吊り下げられ、夜の参道を照らす。

こんぴら参道2

門まで辿り着いた。大門からの景色。

こんぴら参道3

大門をくぐると五人百姓が並ぶ。
金刀比羅宮の大門を入ってすぐ、白い笠の下で名物の『加美代飴(かみよあめ)』を売る5つの露店。本来境内では商売禁止だが、昔からの神事への功労により、特別に境内で営業を許された金刀比羅宮お墨付の5軒の商家。

五人百姓

五人百姓の加美代飴。¥500。
砂糖と水飴を煮詰めた手作りのべっこう飴。ユズの香りがほんのり漂う素朴な味。

品のあるさわやかな味。今まで食べた飴の中でダントツ
こんぴらのお土産はこれが一番 *割って食べるための小さなトンカチ付き。

加美代飴

書院へ登る石段の下、左手奥には神馬が。本物の馬は珍しい

神馬月琴

泊まったホテルも灯篭を奉納していた。

金比羅参道1

まず現れるのが旭社。御本宮と間違うほどの威容。お参りは御本宮から。
御祭神は、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神。

金比羅旭社

最後の石段。ここを登れば・・。

金比羅参道2

境内からは讃岐富士が。

讃岐富士

御本宮
全785段の石段を上りきったところ。海抜は251m。本宮の御祭神は、大物主神崇徳天皇。農業・殖産・医薬・海上守護の神。古伝によれば、大物主神は瀬戸内海の海水が深く湾入し潮が常に山麓を洗う、湾奥に横たわる良き碇泊所であったこの琴平山に行宮を営まれ、表日本経営の本拠地と定めて、中国、四国、九州の統治をされた。その行宮跡に大神を奉斎したと伝えられている。崇徳天皇は永万元年(1165)当宮を深く崇敬された深い由縁をもって相殿に合わせ祀られた。

金比羅宮

ちょうど結婚式をやっていた。

金比羅宮結婚式

三穂津姫社の横、絵馬殿の方へ行くとその奥に緑薫殿という新しい建物が。
参集殿であり斎館。建築家 鈴木了二氏が設計。2004年5月に竣工。村野藤吾賞と日本芸術院賞を受賞

金比羅宮緑薫殿

そのテラスから眺められる景色に脱帽。

緑薫殿テラス

たぶん参拝の人の1割もここへは来ないのではないだろうか?
もったいない。

緑薫殿より

印象的な神々しい山も望める。

金比羅宮から神の山




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No  278

香川~こんぴら温泉湯元八千代

琴平のホテルのチェックインを済ませて外へ出る。久しぶりのひとり外飯(そとめし)
何が食べたいかと思って一番ピッタリきたのがここのカレーうどんだった。¥580。

むさしカレーうどん

手打ちうどんむさし。マンゾク。マンゾク。

むさし

宿に帰る。歩いて20分ほどブラブラと。
行きは一本裏の旧道を通った。たしか旧高松街道。今は静かな味のある散歩道。
こんぴらさんへの参道にまっすぐつながるので昔はたぶんそちらがメインストリート。

土讃線の踏み切り待ちの琴平の空。

琴平の空

途中こんな大木が・・。

琴平大樹

宿泊はこちら。こんぴら温泉湯元八千代
光熱費を引き落としている楽天のポイントが貯まったので¥5000引き。
なので、ひとり素泊まり¥4580で泊まれた。

こんぴら温泉湯元八千代

すぐそばにコンビニもあって便利。金刀比羅宮の参道へも近い。
部屋の窓から金刀比羅宮方面の景色。

こんぴら八千代窓外

夕飯を早めに済ませたので、他の宿泊客が夕食をとる19時には内湯もガラガラ。

八千代内風呂

19時から21時、女湯になる屋上露天風呂も貸切状態。
(ちなみに19時までは混浴21時から23時は男湯)

金刀比羅宮のある琴平山を眺められる。
別名、金毘羅山(こんぴらさん)。隣の象頭山(標高538m)と共に象頭山」として瀬戸内海国立公園、名勝、天然記念物に指定されている。

露天象頭山

屋上から見える金刀比羅宮方面。
*6月18日だと陽が長いので19時でも景色は見える。

露天金比羅宮方面

反対側には讃岐富士の姿も。開放感マンキツ

露天讃岐富士

ズーム

露天富士遠望

ホテルの通りの酒屋で調達した地ビール、“さぬきビール

さぬきビール

同じくすぐ近くにある居酒屋、“田中屋”で骨付鶏をテイクアウト。
*酒屋、コンビニ、田中屋は徒歩1分以内にまとまってある。

骨付鶏

懇親会から帰ったダンナと骨付鶏でカンパ~イでした



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No  277

香川~善通寺・皆行社

ダンナが所属する巡礼遍路研究会(高野山大学密教文化研究所内)の研究発表が
七十五番札所の善通寺であったので6/18、香川の善通寺に行ってきた。

善通寺市には陸軍が駐屯していたらしく、その名残の施設が残っている。

皆行社

皆行社
偕行社」とは明治10年(1877年)に創立された陸軍将校の親睦及び学術研究を目的とする団体の名称。この偕行社が社交場として建設した建物にもその名が用いられたため、偕行社という名の建物は代表的な師団が開設された場所、つまり全国的に存在していたが、現存するものはとても少ない。明治29年(1896年)善通寺町に開設された第十一師団は、日清戦争後の陸軍拡張期に増設された6師団のうちの一つ第十一師団の将校たちによって「旧善通寺偕行社」は明治36年(1903年)5月10日に竣工した。同年の10月13日には東宮(後の大正天皇)が香川県行啓の際の休憩所としてご利用になり、明治38年(1905年)には土屋中将が日露戦争の戦傷で療養した記録も残っている。また、大正11年(1922年)にはこの地で実施された陸軍軍事大演習参観のため、皇太子(後の昭和天皇)がご宿泊。戦後はアメリカ軍が進駐し、昭和20年(1945年)12月には米兵・豪州兵の社交場となった。その後、検察局、香川県食料事務所支所、自衛隊クラブ・ドリームランド、市役所、公民館、善通寺市立郷土館として使用。現在はカフェを併設し、有料でウエディング等に貸し出している。見学は無料。

皆行社2
photo by Mr.kumaso

綺麗に復元工事されている。

皆行社4
photo by Mr.kumaso

雰囲気がある。

皆行社3
photo by Mr.kumaso

国指定重要文化財。

皆行社5

隣に併設された洒落たカフェ、皆行社かふぇ
皆行社を望みながらランチやお茶が出来る。
陸軍バーガーはボリュームたっぷり。¥680。

陸軍バーガー

ダイシモチ麦焼きドーナツ。¥500。想像以上にモチモチ具合がおいしい。

もち麦ドーナツ

午後からの研究発表をブジ終えて、ダンナは懇親会へ。
ここからは単独行動。善通寺散策。全景。

善通寺
五岳山善通寺の創建は、『多度郡屏風浦善通寺之記』(江戸時代中期成立)によると、唐より帰朝された弘法大師空海が、御父の寄進した地に、師である恵果和尚の住した長安・青龍寺を模して建立したお寺で、弘仁4年(813)6月15日に落慶し、父の諱「善通(よしみち)」をとって「善通寺」と号したと記されている。弘法大師は、宝亀5年(774年)6月15日、御父・佐伯直田公(さえきあたいのたぎみ)と御母・玉寄御前(たまよりごぜん)の子として、善通寺の地に御誕生。幼名「真魚(まお)」。現在、善通寺の西院が建つ地は、当時は佐伯家の邸宅があった。その西院御影堂の奥殿が建つ場所は、母君のお部屋があった場所と伝わっており、弘法大師御誕生の聖地として大切にされている。

善通寺全景

本堂。立派。撮影出来なかったが、ご本尊のお薬師様がスバラシイ。

善通寺本堂

駐車場からはこちらの方が近いので、うっかり本堂と間違えそうになった大師堂

善通寺大師堂

本堂のある敷地から見る五岳山

善通寺五岳山

予想以上にいいところ。


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No  276

足摺散策3~白山洞門

足摺シリーズ最後に。
足摺最大のみどころと思った。白山洞門
万次郎足湯から。

洞門

洞門へ下る道。
洞門の上には加賀の白山比咩神社から勧請した白山神社の祠があり、
これはその鳥居。ゆえに“白山”洞門。

弘仁12年(822)弘法大師が、四国三十八番札所の金剛福寺を開基した際、加賀白山より勧請しこの地の鎮護の社として奉られ白山権現と称した。 土佐国守山内家代々の崇敬が深かった。

洞門下り道

洞門が見えてきた。

洞門の浜

おお下から。左上のあたりに白山神社の祠がある。
日本有数の大きさを誇る花崗岩の海蝕洞門。太平洋の荒波が空けた穴は高さ約16m、幅約17m、奥約15mにもなり、昭和28年に高知県の天然記念物に指定された。足摺岬周辺には海蝕洞が数多く見られるが白山洞門が最大規模である。

洞門2

かっこいい~

洞門3

迫力

洞門4

いつまでもここにいたい・・。

洞門5

やっと歩き出す。洞門の先はこんな浜。

洞門の先の浜

洞門を振り返る。この小道が崖上へとつづく。

洞門の小道

上から見る白山洞門遠景。

洞門遠景

ちょうどよく見下ろせる場所が足湯となっている。

洞門足湯

万次郎足湯。無料。

万次郎足湯

以上足摺散策でした。



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