空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨
No  300

2016正月旅~千葉一宮館・睦沢町八坂神社

2016年のお正月に泊まった千葉の九十九里の南端
一宮町一宮館

一宮館

芥川龍之介が泊まったことで有名。

かつて芥川龍之介はひと夏をここで過ごし、ここからのちの夫人となる文さんに熱烈な恋文を出した。一高時代の同級生菊池寛からは様子をうかがう手紙がこの宿に届いている。のちに文芸春秋社を設立した菊池寛芥川賞を設定する19年前のこと。

ロビー。

一宮館ロビー

敷地内に芥川が泊まった離れが残されている。

芥川荘&一宮館

芥川荘

芥川荘

裏から。

芥川荘裏

室内。

芥川荘室内

帰り道。途中、長生郡睦沢町八坂神社に寄る。
この彫刻は三代目波の伊八の作らしい。1534年創建。

八坂神社

正月飾りの本殿。

八坂神社本殿

彫刻がスバラシイ。(こちらは伊八ではない?)

八坂神社彫刻

全景。

八坂神社全景

案内。

睦沢八坂神社案内

パン屋は数々行っているが、こちらも満足感アリ。
同じく睦沢町、八坂神社から近い石窯パンのパン・ド・ナル

石窯パン

丹精込めて作ってるという、記憶に残るパン屋さん。

石窯パンのパン

一番印象に残ったのは長生郡長柄町のカフェマキネッタ
丁寧に入れる飲み物はモチロンのこと、気持ちのいい空間。

カフェ

近くのケーキ屋から仕入れているみたいだが絶品のショコラケーキ。

ショコラケーキ

どちらも場所は不便で探しながら行ったが、
そんなところでもまた行きたいと思わせる力量、おそれいりました。

来年もそんな場所に出会いたいものです。

よい年でありますよう


スポンサーサイト
別窓 | 旅*散策 | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  299

2016の元旦~初日の出

はや1年が経とうとしている。
今年(2016)の初日の出。

16初日の出

神々しい。

初日の出

宿の一宮館の横を流れる一宮川。夜明けが美しい。

一宮川1

清々しい元旦の始まり。

一宮川2

宿の部屋からの景色。向こうに太平洋。

一宮の元旦

初詣は由緒ある玉前(たまさき)神社

祭神玉依姫命。一宮町は房総九十九里浜の最南端に位置し、温暖な気候に恵まれた土地で、縄文弥生の頃から人々の営みがあったことが遺跡や貝塚などによって明らかにされている。一宮町の名称の由来となった玉前神社平安時代の『延喜式神名帳』にも名のある上総国一之宮だが、永禄年間の大きな戦火で社殿・宝物・文書の多くを焼失、創建の由来や年数また名称についてなど明らかにされていない。毎年九月に行われるご例祭には少なくとも千二百年の歴史がある。玉前の名称は御祭神に由来するという説、九十九里浜を古くは「玉の浦」とたたえ太東崎を南端とするところから玉崎(前)となったと云う説など諸説ある。

元旦の初詣待ちの鳥居前。

玉前神社元旦

裏の駐車場から本殿を見上げる。

玉前神社駐車場から

玉前神社本殿。

一宮玉前神社

ちょうど巫女舞が行われていた。参拝者の祈願でなされるらしい。

巫女舞

そういえば20年くらい前、ここで買ったお守りの翡翠の勾玉。
なんだったか忘れたが、ちょっとしたわるいことが起こった時に
ぱっくりふたつに割れてビックリしたことがある。身代わりになってくれた?ようで
おかげでそのわるいことはたいしたことにならなかった記憶がある。
今もここのご利益と思っている・・。

お昼は予定していた蕎麦楽月。大晦日はいっぱいで入れなかった。
(おかげですぐそばのすずき陶苑を見つけたので結果オーライ

蕎麦楽月

窓の外がのほほんと気持ちがいい。

楽月窓外

蕎麦。

楽月蕎麦

一宮館のお風呂ののれんは、芥川龍之介の描いた河童の絵だった。上手い

河童が芦の穂を肩にして振り返る「水虎晩帰之図」は、大正十年から十二年頃、龍之介が好んで描いた墨絵。数枚残されている絵は、微妙にその表情が異なる。鬼気迫るものがありながら、どこか哀しげな河童の絵は、龍之介の自画像だとも言われている。

河童

元旦の夕食。さすが海の幸

一宮館海の幸



別窓 | 旅*散策 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  298

2015年の年越し~橘樹神社

ブログに載せはぐったまま一年が暮れようとしている2016年の正月旅行。
ちょうど同じ季節になってきたのでギリギリ掲載。

2015年の12月31日。大晦日。
千葉の芥川龍之介ゆかりの一宮館で年越しするため一宮へ向かう。
途中、通り道の茂原の橘樹神社に寄る。

橘樹神社

日本武尊が東征した際、相模から上総へ渡ろうとした時に海上で暴風に遭った。弟橘媛が海に身を投じて日本武尊の難を救ったことから、日本武尊が弟橘媛の御陵を作り、弟橘媛の櫛を納めて、橘の木を植えて祀ったのに始まると伝える。『古事記』には「七日の後、その后の櫛海辺に依りき。すなはちその櫛を取りて御陵を作り治め置きき。」とあり、これが当社のことであるという。社殿後方に弟橘媛の墓と伝えられる墳丘がある。そのため橘樹神社は“橘様(通称)”と呼ばれ地域の人々に親しまれている。『日本書紀』では日本武尊は上総より転じて陸奥国に入られた。そのとき大きな鏡を船に掲げて、海路をとって葦浦(鴨川市吉浦)を廻り玉浦(九十九里浜)を横切って蝦夷の支配地に入られた。」とあり、この時祀られたのが由来とされる。

本殿。橘らしき木が脇に植えてある。

橘樹神社本殿

本殿の後ろの杜。古墳がある。

橘樹神社杜

弟橘媛の御陵と伝わる古墳。

橘樹神社古墳

境内の吾妻池はこの墳墓を掘った跡の穴であると伝えられる。

橘樹神社池

お昼は一宮町東浪見でたまたま見つけたすずき陶苑

すずき陶苑

まず揚げ蕎麦が出てきた。

揚げ蕎麦

ゆば蕎麦。美味い

すずき陶苑ゆば蕎麦

すずき陶苑の裏にある古民家。いい感じ。

すずき陶苑裏古民家

一宮館に着いて、大晦日の夕食では鬼殻焼が出た。

一宮館鬼殻焼



別窓 | 日本武尊 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  297

兵庫川西~川西市郷土館/べっぴんロケ地

能勢妙見の帰りに、山下駅最寄りの川西市郷土館に寄った。
銅の製錬を業としていた旧平安家住宅国登録有形文化財)を利用して、昭和63年(1988年)11月に開館。一色八郎氏のコレクションである箸の展示室を鉱山資料展示室とともに公開。入館料¥300。

旧平安邸の照明。

川西郷土館照明

郷土館入り口。

川西郷土館

平安邸座敷。

川西郷土館座敷

座敷から庭を見る。

川西郷土館座敷から庭

中庭。

川西郷土館庭

風呂。

川西郷土館風呂

展示室のカエル。

花留カエル

能勢の名産、菊炭(きくすみ)

菊炭

旧平安邸の隣に平成2年11月に
川西市内の小戸地区にあった洋館の旧平賀家住宅を移築復元。

ここは「べっぴんさん」の君枝の家としてロケが行われたところ。

べっぴんロケ地

旧平賀邸

平賀義美博士が大正7年に猪名川沿いの川西市小戸に建設した、イギリスの田園住宅の形式を極めて良く遵守した住宅。平賀博士は、安政4年(1857年)に福岡県で生まれ、東京大学を卒業した後、関西財界の振興に尽力され、多くの公職及び財界団体の要職についた。平賀博士が化学者であったことから実験研究棟と旧邸内にあった東屋・門・橋・胸像なども移築復元。イギリス等欧米に外遊7回を重ねたことが旧平賀家住宅の建築意匠に反映された。施工は、鴻池組ひょうご近代住宅100選に選ばれた。

旧平賀邸

平賀邸から平安邸を望む。

平賀邸から平安邸

平賀博士の実験研究棟。洒落てる。
(ロケでは君枝の家だが、1階の中を覗くと狭くて荷物置き場になっていた。)

平賀邸実験棟

平賀邸東屋。これも素敵。

平賀邸東屋

邸内。

平賀邸内

ここ特に素敵。サンルーム。床がモダン。平安邸がよく見える。

平賀邸サンルーム

ベッドルーム。

平賀邸ベッドルーム

暖炉と椅子。

平賀邸暖炉

ベッドルームを抜けて階段を上ると実験棟の2階。
そこにはなんとマッサンとエリーのサインが・・。

平賀邸サイン

実験研究棟の裏側。

平賀邸実験棟裏

裏へまわると精錬所の跡がある。

平賀邸と精錬所跡

多田銀銅山の分布図。このあたり、こんなにあったんだ・・。
平安家は、多田銀銅山最後の製錬所として昭和10年頃まで操業していた。多田銀銅山は、兵庫県川西市・猪名川町・宝塚市から、大阪府能勢町・豊能町・箕面市・池田市にかけて鉱脈が広がっている。採掘は平安時代後期に能勢町の地域で始まる。川西市国崎地区の奇妙山神教間歩から奈良時代に東大寺大仏の銅を産出したという伝説もある。最盛期は、安土桃山時代の豊臣秀吉による経営から江戸時代前期にかけての頃。

多田銀銅山分布図

精錬所跡の奥にはフランス語で希望を意味するミューゼレスポアール(美術館)。
川西市ゆかりの青木大乗(日本画家)・平通武男(洋画家)両画伯の遺作を常設展示。

ミューゼレスポアール

現代アートもひとつ。

ミューゼレスポアールアート

ずいぶん楽しめた。



別窓 | 旅*散策 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  296

能勢妙見

能勢妙見本殿。(開運殿

能勢妙見本殿

能勢妙見山は「能勢の妙見さん」として知られる、関西随一の妙見大菩薩霊場。天平勝宝年中(750年頃)に行基菩薩の開基。のち旧領主能勢家源満仲公(清和天皇の孫経基親王の嫡子)が鎮宅霊符神妙見大菩薩の道教での称)を祀り、能勢家代々に伝えられた。慶長5(1600)年二十三代頼次公は日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世日乾上人に帰依して法華経信仰を深めた。妙見大菩薩とは、もとは北辰北斗星・北極星の信仰に始まるもの。太古の昔から太陽・月・星の運行を神秘的なものとして崇め、国土安穏・五穀豊穣・除災招福、開運隆昌の守護神として信仰された。妙見大菩薩は日蓮宗以外でも、真言宗・天台宗などに取り入れられている。妙見大菩薩の神格化する北極星は、常に北を指している。昔から旅人の指針として仰ぎ見られてきたことから、人生の道を導き開いてくれる開運の守護神として深く信仰された。

境内。

能勢妙見境内

うつくしい絵馬堂

能勢妙見絵馬殿

綺麗な緑。

能勢妙見絵馬殿2

絵馬堂の横は経堂で、数人の僧が参拝者から見えるところでお経を唱えていた。
撮影禁止

山門の外。景色が広がる。

能勢妙見景色

いい眺め。

能勢妙見景色2

山門と神仏習合の名残の鳥居の間に妙見山の三角点の表示。
この登りの奥が妙見山のピークらしいが、行かなかった。
あとで調べたが、さほど見晴らしはなさそうだ。

妙見山頂へ

お昼は電車で山下駅まで戻って、徒歩10分ほどの情熱うどん伊和正
畦野駅からだと8分くらいらしい。

伊和正

こじんまりしているけど、十分十分。

伊和正内

わざわざ来てよかった。
とり唐黒酢ぶっかけ。

伊和正うどん

山下駅の構内にはお茶も飲めるパン屋さん。
ベッカライテーオ。お客さんでいっぱいで座れなかった。

ベッカライテーオ

ジツはドイツで5年修行してマイスター取得したドイツパンが評判らしい。
本場ドイツで食べてた人が本場と同じとほめている。
カイザーセンメル」というシンプルなパンは¥60。
ドイツのどのスーパーやパン屋さんでも置いてある基本中の基本。
日本のフランスパンに食感も味も似ていて、外はパリッと中はもっちりめ。
(写真右上丸い白いパン)
ライ麦の向日葵の種入り食パンなんかは本当にドイツの「ベッカライ」そのもの、だそう。

たしかにおいしゅうございました。

ベッカライテーオパン




別窓 | 神社*仏閣 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 空色野原 | NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。