空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  128

吉備散歩*温羅伝説

GWの旅。倉敷に泊まった翌日は吉備へ。
まずは岡山といえば有名な『桃太郎』
そのもととなった伝説が残る鬼ノ城(きのじょう)

鬼ノ城

鬼ノ城をすみかにしていた温羅(うら)
都から派遣された吉備津彦が戦ったという伝説。
7世紀頃の古代山城です。

城壁などが10年ほど前から整備復元されているようですが
なにしろ歓声を上げたのはこの眺め。

鬼ノ城眺め

なんというか、写真では伝え切れないそのスケール感。
ここは日本?・・復元された西門。

西門

温羅の伝承は吉備のあちこちに残っています。
楯築遺跡(たてつきいせき)の居並ぶ石は
温羅の射った矢を吉備津彦が避けた楯であると伝わっています。

楯築遺跡サークル

サークル状に巨石が並んでいます。
真ん中には石棺のようなものが・・。

楯築遺跡

ここは古墳だというので、玄室が地表に現れたものでしょうか?
古墳時代以前(弥生時代)のものでは日本最大の墓とされているそうで。
それにしても石の並べ方は興味深い。
温羅伝説抜きにしても、なかなかパワフルなところです。


吉備津彦神社と備前一の宮駅をはさんで反対側にある小丸山の山頂には
艮御崎神社(うしとらおんざきじんじゃ)。

艮御崎神社

こちらには温羅の胴体を祀ったという伝説があります。
小丸山は裏付ける資料は出ていないけれど
古墳ではないか、もしくは中世の城砦ではという説もある場所。
(現地案内板より)


さて、岡山方面にさらに車を走らせると
岡山商科大の近くに首部(こうべ)という地名があります。
温羅の首がさらされた地であるため首(こうべ)村となったというその名残り。
そこには温羅の首を祀ったという塚が。
緑の山の麓。趣きある家を過ぎると小さな白山神社

首部

吉備津彦に敗れた温羅の首を串に刺してさらしたけれど、うなるのをやめず
部下の犬飼武命(いぬかいたけるのみこと)に命じて首を犬に食わせて
ドクロになってもなお、うなり
吉備津神社のお釜殿の下に埋めて鎮めようとしても、13年の間うなり続けた。

温羅は吉備津彦の夢に現れ、
『妻の阿曽媛に釜の火を炊かせよ、幸福なら豊かに、
わざわいが訪れるなら荒々しく鳴るだろう』と告げ、その通りすると鎮まった。


それが吉備津神社の鳴釜神事のいわれ。

ここ、首部の白山神社には鬼神首塚として祀られています。
(ここは最初にさらし首を埋めた場所ということですが、その後お釜殿の下へ。)

温羅首塚

立て札にあるように、『米の神』ともされています。
敗者をねんごろに祀ることによって
逆に神様として守護してくださるということもありますが
温羅は実は元々地元で敬愛されていたから大事に祀られているとも。
たしかに、首などという物騒ないわれのわりに
あたたかみのあるところでした。


元々あったなにがしかの事実が物語的伝承へと育つ例もあるかもしれませんが
逆に歴史的に重要な場所には
伝承をも引きつける力もあったりするのでは、と思ったりもします。


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