空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
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No  146

鹿児島*内之浦&やごろうどん

九州3日目。
志布志湾をぐるっと廻って国見山の向こう、内之浦へ。

叶岳より
(叶岳より)

ここへ来たのは
日本武尊の父、景行天皇が熊襲討伐の折滞在した高屋宮が
ここにあったという説があったから。
そこは『天子山』といわれている。

景行天皇はロケット打ち上げで有名な宇宙空間観測所の近くの川原瀬の海岸に上陸。
今でもそこは御着が瀬と呼ばれている。
上陸され休憩されたところは御腰掛けの石があるといわれる。(名勝志)


上の内之浦の写真を撮った叶岳
景行天皇が熊襲を討伐し、平定の願いが叶ったことから
「叶岳」と命名されたとの伝説があるそう。(三国名勝図会等)
また、ここから郷内を見渡して皇居(天子山)の地を定めたらしい。

実は天子山は山というから山麓かと思いきや
行ってみれば平地のそう大きくはない森の中だった。
(上の写真の平地の真ん中左端あたり)

叶岳より天子山

高屋神社の境内に隣接していた。(境内に小さな立看板アリ)

高屋神社はもともと国見山山頂にあったといい
天子山は、景行天皇の御所跡であるという。

地元の伝承では、もともとこの地はクマソタケルの居城があったところで
景行天皇がクマソ征伐した際、国見山の高屋陵に眠る祖先
(彦火々出見尊/ヒコホホデミノミコト 別名:山幸彦)
を遥拝するために創建したともいわれている。


高屋神社
(高屋神社)

高屋神社の鳥居から望める叶岳。

叶岳

西都や宮崎にも言い伝えがあった、日本書紀でいう
6年滞在したという『高屋宮』が、ここにも。
だが、ここは景行天皇の説だけでもないよう。
一説には弥生時代の甕棺墓だとも。

天子山
(天子山)

だがなんにせよ、今回一番いわくありげな聖地だった。
あまり天界系の光に満ちたかろやかさというようなものはない。
どっしりとパワフル。

なんらかの祀りによって残されているような空気の密度の濃さを感じた。
この地に栄えた権力者の埋葬跡
というのがもしかしたら近いのかもしれない。

(それにしては景行天皇の伝説がここいらは多いです‥。)
この近くには景行天皇に由来する伝説の大楠もある。

川原瀬に上陸後、丘を越えて小田部落で一泊。
このとき天皇が置き忘れられた杖が根付いて大きくなったのが『小田の大楠』。


小田楠

これも伝説の有無にかかわらず、素晴らしい

内之浦は景行天皇ならずとも滞在したくなる心地よさ
「コンパクトに豊かな地勢」に恵まれている。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

さて、ここから霧島に向かう途中には
飫肥の記事で紹介した『やごろうどん』で盛り上がる町がある。
道の駅の名が『おおすみ弥五郎伝説の里』。(曽於市大隅町)

そこにそびえるのは15mの弥五郎どん。

弥五郎どん

ちょうどこの像のそばに近づいた時に雷が鳴り始め
まさに弥五郎さまが怒っているみたいで迫力アリアリ。

やごろうどん銅像

やごろう祭り館の館内には祭りの際の弥五郎どん。

弥五郎どん全身

お昼はやごろう亭モチロンやごろう丼(どん)。¥880。

やごろう丼

変わってて、なおかつ黒豚が名産なだけに美味でした



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