空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  275

足摺散策2~足摺岬の七不思議

足摺のみどころ。足摺岬の七不思議
七不思議の七は、数が七つというのではなく
仏法で七の数を重んじたということと
昔は“沢山”という意味で七や八をよく使っていたことから。
不思議は21あるといわれている。

地獄の穴
今は埋まっているが、この穴に銭を落とすと、チリンチリンと音がして落ちて行き、その穴は金剛福寺付近まで通じるといわれている。(灯台下の洞窟(亀の洞)まで、通じているという説も。)先祖が地獄に落ちている人があれば引上げて貰う事を願い、又、先祖の霊をなぐさめ供養になると云われている。

地獄の穴

大師の爪書き石
岩に「南無阿弥陀佛」の6文字が彫られている。この字は、弘法大師が爪で彫ったと伝えられる。

大師の爪書き石

うっすらと線?窪み?・・

大師の爪書き石2

大師一夜建立 ならずの華表(とりい)
弘法大師が一夜で鳥居を建てようとしたが、天邪鬼が夜中に鶏の鳴き声を、真似したので、石工が夜が明けたと思い、仕事を辞め完成しなかった。と云われている。石の土台や石柱が5、6本横たわっている。

ならずのとりい1

たしかに鳥居っぽい。うまいこという。ほんとのところ、なんだろう・・?

ならずのとりい2

亀呼場
岬の先端のこの場所から大師が大海亀を呼び、亀の背中に乗って150mほど先の不動岩に渡り、不動を刻み、祈祷をされたといわれている。 実際にここから海中に海亀が見られることがある。

亀呼場1

不動を刻んだというのはあの黒い岩場だろうか?

亀呼場2

かなたに船がゆく。

亀呼場3

浪がザッパンの黒い岩場に釣り人がいるのがわかる。つわもの・・。

亀呼場釣り人

ゆるぎ石
大師が金剛福寺を建立した時発見した石。乗り揺るがすと、その動揺の程度によって孝心をためすといわれている。大きな石の上に小石が三つ積んである。親孝行者がこの大石を動かすと上に積んでいる小石が落ちる。親不孝者は落ちない。いつも親の肩を揉んでいるように動かすとだんだん揺らいで石が落ちることから親孝行者は落ちると大師が言ったのだろうと伝えられる。

ゆるぎ石

不増不減の手水鉢
平安朝の中頃賀登上人とその弟子日円上人補陀落渡海せんとした時弟子日円上人が先に渡海したので賀登上人は大変悲しみ岩に身を投げ、かけ落ちる涙が不増不滅の水となったという。

不増不減の手水鉢

もう少し内陸に唐人駄馬遺跡という巨石群の名所があるだけに
このあたりも地質的にこういった岩がごろごろしているようだ。

岩群

寝笹
この地に生えている笹はこれ以上大きくならない笹だといわれている。

寝笹

犬塚
その昔、お坊様が「この乱世を立て直すため、一国一城の主となり生まれきたらん」と言い、手の腹に南無阿弥陀仏と書いて握りしめこの断崖から身を投じた。そのお坊様を慕っていた一匹の犬が、この場所から動こうともせず、飲まず食わずひたすら待ち続け、ついに息絶えた。村人はその姿を哀れに思い、この場所に犬塚を建てた。そののち幾百年が過ぎ、土佐藩山内家となり二代目忠義公には手の腹に黒い生印があり、その言い伝えを知った忠義公は「自分はそのお坊様の生まれ変わりではないだろうか」と思うようになり、足摺山金剛福寺を深く信仰し度々参拝に訪れ、本堂・仁王門・十三重の塔など数多くのものを寄進した。それ以来金剛福寺は山内家と同じ丸に三つ柏の家紋を頂戴している

犬塚

汐の満干手水鉢
岩の窪みに溜まった水が、潮が満ちると増え、干潮になると減ると云う。

潮の干満手水鉢

汐の満干手水鉢越しの足摺岬灯台。

潮の干満手水鉢2

亀石
亀呼場から弘法大師が亀の背中にのって不動岩に渡ったといわれている。この亀石は、その『亀呼場』の方向に向かっている。この亀に似た石は専門家によると、全国的にも一級品だそうで一見の価値がある。

亀石



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