空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨
No  28

宮武外骨

7月14日(水)の朝日新聞の夕刊の1面を見ていて
ある名前がざらっと触った。
「アレ?」

吉野孝雄

吉野孝雄。
(誰だっけ?誰だっけ?)

宮武外骨の記事で、その人は義理の甥で、高校教師をしていて・・
(ああ!)
なんとその人は高校時代の古文の先生だった。
そういえば面影が。おぼろげだった記憶が甦って来た。
先生の中でもどこかひょうひょうと違った空気をまとっていた吉野先生は
80年に河出書房新社から『宮武外骨』を出し
日本ノンフィクション大賞を受け
これを引き金に「宮武外骨」のちょっとしたブームが起きた、とある。

宮武外骨
外骨

そういえばわたしの中の宮武外骨情報は
その頃詩を書いていた文芸好きな友人からと思い込んでいたが
吉野先生が授業の中でぽろぽろ話されていた情報であったのかもしれない。

本

高校の友人に確かめると
これを出した後(83年)に『過激にして愛敬あり』という宮武本を出版していて
在学中だったから購入した本にサインをもらったとか
TVの歴史番組に解説者として出ておられたとか
身内という利点もあって
宮武外骨に関しては第一人者でいらしたという情報をもらった。

友人のいうには、
『過激にして~』を出版した時
外骨の想い出話を授業でしてくださったそうで
晩年の外骨は独身だったこともあって吉野先生の家に同居していたが
幼心には少し近寄りにくいけど、普通のじいさんと映ったそう。
ところが成長してそのじいさんが
とんでもない経歴の持ち主と知った時の衝撃は身内故にもの凄く
興味はもちろん、研究の義務すら感じたと言っておられたとか。

有名な宮武外骨の『滑稽新聞』
滑稽新聞

多忙な教師業のかたわら本を出版出来たと
嬉しそうにしてらしたのを覚えてると教えてくれました。

そうそう、だんだん思い出して来た。
先生たちの中でもその独特の雰囲気がユニークで
わたしも好きな先生でした。

吉野先生の場合は「宮武外骨」だけど
何かテーマを持って生きている人っていいな、といつも思う。

外骨について詳しくはこちらなんかどうぞ。(資料もこちらより拝借)

名前の通り『骨』のある人で不敬罪で監獄に入れられたり・・
赤瀬川原平や南伸坊や天野祐吉なんかも心酔している
『毒』『頓智』『滑稽』の人。

朝日新聞の記事はこちら
別窓 | book | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<梅雨明け神仏散歩 | 空色野原 | ドラマ『日本人の知らない日本語』>>

この記事のコメント

∧top | under∨
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| 空色野原 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。