空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  30

梅雨明け神仏散歩

関西の法然上人25霊場を巡り出したところですが
久々にそのひとつに行きました。

第3番十輪寺(兵庫県高砂市)

十輪寺

ここは法然上人が法難によって讃岐に流刑になった時に
途中、立ち寄ったところで
ここで70過ぎの老漁師の八田治部太夫とその妻に哀願されます。

「この浦の漁師でございます。毎日、たくさんの魚を殺して暮らしております。殺生するものは、地獄におちると聞きました。なんとかお助けのほどを。」
「あなたのような暮らしをする人々をも救いとろうとされるのが阿弥陀様の深い願いなのです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と申しながら魚をとりなさい。」


老夫婦は念仏に大いに励み
まわりも驚くほどの念仏行者になり奇瑞を生じて大往生をとげた、そう。

↓その八田治部太夫のお墓が境内にありました。

八田墓

他にもここ、高砂には「高砂や~」で有名な高砂神社があります。
すぐ近所なのでオプションで。

高砂神社

そういえばたまたま?偶然?ここも老夫婦(の姿をしたカミサマ)のお話。

平安時代、高砂神社が創建されてまもなく、境内に1本の松が生え、
その根はひとつで幹は雌雄に分かれていて、神木と称えられていた。
ある日、尉(老人)と姥(老女)の
二神(イザナギ・イザナミ)が現れ、こう告げる。
「我は今より神霊をこの木に宿し、世に夫婦の道を示さん」
これより人は『相生の霊松』と呼び
この松を前にして結婚式をあげるようになった、そうです。

これは枯れてしまったけど3代目『相生の松』(今は5代目)
相生の松

加古川をはさんで尾上(おのえ)には
高砂神社とセットのような尾上神社
ここも立派な松が。『相生の霊松』もあり。

写真は本殿脇の『片枝の松』。神功皇后が由来の神社で、
この松は神功皇后を慕って枝がすべて東を向いている、といわれるらしい。
(もっともこれは3代目)

尾上松

さて、最後にオプション2で行った生石(おうしこ)神社
ここは行ってビックリ見てビックリ

生石ご神体

『播磨国風土記』には
「聖徳太子の御世、弓削大連(物部守屋)の造れる石なり」
とあるようですが、神社の由緒書には
「神代の昔、オオナムチ(大国主命)とスクナヒコナの二神が国土を鎮めるにふさわしい石の宮殿を造ろうとして一夜のうちに工事をすすめたが、阿賀の神らの反乱を受け中断。鎮圧したが夜明けとなり未完成となってしまった。」とあります。「未完成のまま二神はこの石に宿り、国土を鎮めている。」とか。
その他、崇神天皇(9世紀末頃)の御世の創建という説や・・。
まあ、ほんとのところの由来は謎、らしいです。

驚いたのが神社裏手の山からの景色。

生石神社

ここは石を切り出すだけあって、
山いっこまるまる石で出来ている、といったところなのですが
まあ、眺めのいいこと
拝殿のすぐ裏のこの四角い石がご神体。
一番上の展望出来るところまで行くと、海まで見えます。

最後のにふさわしい絶景でした
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