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空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
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No  321

2017四国歩き遍路6~真念庵・お遍路休憩所

5月1日続き。

国道321号。「ざまにゆっくり。」
「ざまに」は土佐弁ではなく、幡多弁で「たいへん。すごく。」らしい。
警察署に依頼され、苔を削って県立清水高校の美術部が描いた交通標語。
成功です。目を引く。

16ざまにゆっくりbg

側溝にはお蛇様。

17お蛇様bg

お昼休憩の東屋に到着。

20水車の東屋bg

民宿いさりびでお接待で用意してくれた焼きおにぎりと飴チャン。

18いさりびのお昼bg

美味しい。・・ありがたさが、しみる。

19いさりびの焼きむすびbg

緑を眺めながら。

21東屋の緑bg

ここにはきれいな公衆トイレと、新しいカフェがある。

22カフェLucebg

同じ敷地内のドライブイン水車は今はやっているのかな?

23ドライブイン水車bg

そこをちょっと過ぎると真念庵への遍路道の入口が。

24真念庵への遍路道入口bg

昔の四国八十八ヶ所はルールが定まっていない、道が険しい、地図が無い等、一般人が回れるようなものではなく、修行僧など限られた人たちしか回ることができなかった。江戸時代中期それを可能にしたのが遍路の父有辯真念(ゆうべんしんねん/生没年不明)」。

大坂出身の僧侶で、お大師さまの足跡を追って四国のあまねく道を歩くこと二十周

自身が回る中で困難があった場所に小屋を建てて簡易な宿泊設備を設置真念庵
後発の遍路が来た際に曲がり角などで迷わないように道しるべを建立真念へんろ石
協力者を募り出版した四国八十八ヶ所史上初の案内本四国遍路道指南(しこくへんろみちしるべ)」

特に現在で言うところのガイドブックの出版によって、民間人のお四国まいりが増加したことが “遍路の父” と呼ばれる所以。その本が画期的だった点が、一番、二番…札所に番号がつけられた事。それまでの四国遍路は、道すがら全ての寺社を巡って行くため、距離が長ければ詣でるべき箇所が曖昧だった。四国遍路を広く知ってもらうために、真念は全行程の距離を減らすことと一定のルール作りが必要と考えた。そこで参るべき札所の数を八十八ヶ所に制定、するとそれを最短で結ぶ道ができる。“札所” と “遍路道” の概念が生まれ、今日の八十八ヶ所参りの原型が出来上がったという。

そのようにして四国八十八ヶ所は庶民にも回ることのできる霊場となったが、後年真念は人々が参るのは本札所のみ、八十八番以外→すなわち番外札所を軽視する風潮を、「かつては四百八十八里の道のりがあり、横堂(番外札所)も全部拝んだが、今は僅かに八十八の札所だけになり、三百有余里の道のりとなった。」このように嘆いている。本札所・番外、どちらも霊場。(後略)

要約引用:四国遍路情報サイト


県道46号の舗装路をゆくと、ここが真念庵入口

25真念庵入口bg

真念庵については去年のブログを参照。
空色野原:真念庵

こちらはそのちょっと先の民家の真念庵納経所

26真念庵納経所bg

市野瀬橋の石の道標。

27市野瀬橋石の道標bg

県道46号、いいところ。

28県道46号bg

まぶしいほどの新緑。

29新緑bg

屋根の修理だろうか?

30屋根修理bg

三原村成山お遍路さん休憩所

31三原村成山お遍路休憩所bg

ほんに助かった~ ちょうど休みたい頃合。

32三原村お遍路休憩所bg

花までいけてくださっている。生き返る。心より合掌。

33休憩所の花bg

その先5.5kmほど行くと、真念法師の道標がある。

34真念法師の道標bg


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