FC2ブログ

空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨
No  326

2017四国歩き遍路11~第40番観自在寺

5月4日。
きさらぎ旅館の朝食をいただく。御馳走様。

34きさらぎ旅館朝食g

朝一番
旅館からスグなのに前日はとてもじゃない、寄る余裕のなかった札所へ。
いよいよ今回二つ目の目的地、第四十番札所

参道。

35観自在寺参道bg

観自在寺

愛媛県は「菩提の道場」。その最初の霊場で、一番霊山寺からもっとも遠くにあり、「四国霊場の裏関所」とも呼ばれる。弘法大師が大同2年に平城天皇(在位806〜09)の勅命を受けてこの地を訪れ、1本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三尊像を彫造して安置し、開創したとされている。このとき、残った霊木に「南無阿弥陀仏」と6字の名号を彫り、舟形の宝判を造って庶民の病根を除く祈願をなされた。なお、その版木により押印された手ぬぐいを購入することができる。平城天皇はまた、勅額「平城山」を下賜し、次の嵯峨天皇(在位809〜23)とともに行幸され、御朱印を下されて『一切経』と『大般若経』を奉納し、毎年勅使を遣わして護摩供の秘法を修された。こうしたことから、この地方を「御荘」と称し、また勅額の山号に因んで「平城」とも呼ぶようになっている。寛永15年(1638)、京都・大覚寺の空性法親王が四国巡拝の折に宿泊され、「薬師院」の院号を授かっている。このころは七堂伽藍がそびえ、末寺48坊、寺領二千数百石という隆盛を誇っていたという。だが、火災によりすべての堂塔を焼失、その後は宇和島藩主・伊達家の祈願所として旧観の回復につとめ、法灯を守っている。

36第四十番観自在寺bg

本堂。
ここにあんまり大層でない、程がいい金剛杖があった。
迷って迷って買うのを思い留まる。今も印象に残る。

38観自在寺本堂2bg

大師堂。

39観自在寺大師堂bg

大師堂遠景。

40観自在寺大師堂遠景bg

お水を掛けて自分の願いを成就する十二支守り本尊

41観自在寺の光景bg

篠山大権現

観自在寺の北東、標高1065mの篠山の山頂にある観自在寺の奥の院昔は篠山も詣るのが遍路であったようだが今山頂まで行く人は少ない。観自在寺境内に篠山の方向に建つこのお社から遥拝することになる。御祭神、伊邪那美命速玉男命事解男命木花咲耶姫命用命天皇の勅願により開山したとある。 平城天皇の大同年間には弘法大師が来山し、天下泰平五穀成熟と祈願したという遺跡もある。往古は篠山三所大権現と称していたが明治四年篠山神社と改称した。御荘郷幡多郷の鎮めの神として尊崇を集め、火難・盗難・海難等の難除け、交通安全・家内安全・出産安全などのご利益がある。

観自在寺篠山大権現bg

帰り道に気づいた仏様。神々しい。

42観自在寺の仏bg

前日の雨道、御加護いただいたように想う。
諸々の仏様、お大師様、有難うございました。合掌。

なにより無事、大事。



別窓 | 四国遍路 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<2017四国歩き遍路12~ゆらり内海・三好旅館 | 空色野原 | 2017四国歩き遍路10~お接待・きさらぎ旅館>>

この記事のコメント

∧top | under∨
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| 空色野原 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。