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空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
No  329

2017四国歩き遍路14~石丸城跡

5月5日。ちょっと寄り道。

岩松の町を出て、岩松川沿い南側の県道4号を少し遡る。

13石丸城へbg

きれいな田んぼ。

14石丸城付近田んぼbg

対岸の手前ふたつに分かれた山の
右の小山の平らになったところに石丸城があったらしい。

高田に在り、津島殿と呼ばれた越智氏の属城で石丸播磨守平勝繁の城跡。勝繁、天正15年8月13日逝去。嫡子善助落城の後、高田湯中に住み、さらに後、岩松の庄屋となる。その子、伊兵衛と称し、嗣子無く、槇川村の庄屋彦三郎(中国大内義隆の玄(?)孫という)の子を養い、石丸伊左衛門と云う。後、槇川の庄屋となる。嫡男右兵衛豫土篠山境目争論の時、従者六人を連れて江戸に上がり決裁を幕府に仰ぎ、三年を経て帰国。苗字帯刀を許される。寛文三年更に岩松芳原新田の開築を許され、槇川の庄屋は従弟長兵衛に嗣がせた。

クリック→ 実際登った人のブログ

15石丸城bg

岩松川が自然のままでいい感じ。

岩松川の大ウナギは県指定天然記念物(昭和43年3月8日指定) 町中央公民館に体長1.56mのウナギがホルマリン漬けで保存されている。天正年間(約400年前)に高田八幡神社瀬上りの太刀石丸善助により退治された大蛇の化身とも言われる。 大ウナギは、宇和海に注ぐ岩松川の下流や、岩松川の支流の増穂川下流に生息しているもので、昔から名物的な存在として知られてきた。しかし、近年は河川の改修が進み、ほとんどその姿を見ることができなくなっている。 この大ウナギは別名アカウナギ、カニクイ、カニクイウナギとも呼ばれ、赤味を帯びた灰色の皮にゴマ模様の斑点があるのが特徴である。しかし、脂が多く、身はしまりがないので食用には不向きとされている。 なお、これまでに発見されたもののうち、最大のものは昭和10年(1935)に捕獲した体長2m、重さ21kgのもの。 だそう。

この伝説の石丸善助は石丸城主、石丸播磨守平勝繁の嫡子のことだろうか?

16石丸城2bg

自然が残っているように見えるが、大ウナギはもう生息していないようだ。残念。

この橋を渡る。正面の高い山には釈迦ケ森城という越智氏の城跡があるそうな。
前述のブログ参照この辺りは城跡が多い~ね~。

19石丸城付近橋bg

橋の辺りのパノラマ。橋の向こうの右寄り真ん中、もこもこした緑の山が石丸城跡。

18石丸城付近橋パノラマbg

橋から下流の景色。

20石丸城付近岩松川bg

橋から上流の景色。
古い橋から新しい相生橋、その向こうに山並み。

21相生橋bg

橋を渡って左折し、岩松川を挟んで北側の県道4号を下流に戻る感じ。
舗装路のガードレール越し。右端に石丸城跡のある山。真ん中の山も印象的。

25石丸城ガードレールbg

いい里。石丸城跡は右側の樹々が盛々した山。

石丸城の里bg

岩松川

31岩松川bg

岩松川沿い散歩道。

32岩松川bg

県道4号沿い。古そうな大樹。樹齢500年以上の「神木一本杉」。

33石丸城付近大樹bg

岩松川上流をもう一度振り返る。

36岩松川bg

昔は敵から守るための城が築かれたという。その昔に思いを馳せる。
まだまだ昔ながらの自然の残る、忘れられない景色となった。



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