空色野原

空の下 野原にねころんで つぶやく
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No  74

人天満月輪

ついに法然上人二十五霊場の満願(全霊場踏破)です。
09年の入籍後からコツコツふたりで巡ってきました。
京都が13カ所で半分を占めますが
あと、兵庫、岡山、大阪、奈良、高松、和歌山、伊勢にあります。

きのう最後にとっておいたのは京都清滝の山中にある月輪寺(つきのわでら)

空也滝口
ここは空也滝口(空也滝への入口ですが滝はまだ先)。

空也滝の近く(嵯峨の奥)ですが、
月輪寺までの登りはこの写真よりもっと急な山道。
案内には登山(1時間)とされています。

ここの登り口までの2kmは一応舗装されていて
4台ほどは止められるという月輪寺の駐車場はありますが
ガードレールもない崖沿いの細い道で軽自動車1台がやっと。対向車が来たらアウト。
住職さんは清滝川にかかる橋の前の広い有料駐車場に止めて(WCも有)
空也滝口までは歩き(割と平坦な30分)をおすすめしていました。


10年以上前に循環器系を壊したわたしにはここでもエベレスト。
人が1時間なら2時間はかかると覚悟していました。
一歩一歩。休み休み。急がない急がない。歩幅1/3。
遠い高みは望まず、目の前の一歩だけを見る。
すると絶望は和らぎ、いつかは辿り着く。
ジンセーのような山登り。
なんとか有料駐車場から1時間30分かかる道のりを2時間で到着。

月輪寺遠望

こうですもん。登ってきました。
向こうに遥か見えるは桂川?京都、嵯峨・嵐山?

月輪寺境内

こじんまりした境内です。右に本堂。前が祖師堂。
祖師堂の前の白い柵の桜は、しぐれ桜といって親鸞上人お手植えといわれ
法然上人、円澄上人(九条兼実)との別れを惜しみ涙を流す桜、という。
(実際葉先から水滴が垂れるらしい。看板にその写真有り。)

<由来>
702年、泰澄上人開山。
781年、光仁天皇の命により慶俊上人が中興した国家鎮護の霊場。
    この時、地中から『人天満月輪』とある宝鏡を得て寺の名とする。
 
その後、空也上人もここで修行し、念仏を悟った地。

(有名なのは六波羅蜜寺ですが、ここの空也上人の木像も国の重要文化財。拝観¥500)

1207年、法然上人と親鸞上人が法難によって京都より配流される際、
     ここに隠栖されていた九条兼実(円澄)との別れを惜しんだ。


この際、法然、親鸞、円澄の三祖師おのおの木像を刻んで形見としたといわれ
それが祖師堂に祀られている。

また、明智光秀が本能寺の変を起こす際
この月輪寺のある愛宕山で心を決めたらしい。
その時のお手植えと伝わる石楠花は
そんないわれを知らなくとも感嘆する見事な大木。(ちょうど満開。)

石楠花

山を降りて遅いお昼は嵯峨「ちくりん」の冷やし梅おろしそば。¥900
ここは豆腐料理や京おばんざい定食¥2000なんかもおいしそうでした。
清滝から嵯峨への県道137号沿い。

梅おろしそば

二十五霊場を巡り出してから
いつかは登らねばならぬと心の隅にあった難所でした。
大きく肩の荷をおろしたゴールデンウィークとなりました。


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